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2009-09-20

モンゴル編2

翌朝

ドライバー、ボルドさんのランクルでゴビ砂漠に向けて出発した。

2時間もすると、舗装された道は無くなり

そこは見たこともないぐらい遠く広く360度の大草原が目に飛び込んだ。

雲の影がゆっくりと大草原を泳ぎ映る。

冬が近いせいか大草原の色は緑だけでなく

赤や黄色、茶色、 けして1色では表わせない。

海を見るより遠い地平線の彼方まで続き見える

その世界は一言、

地球を感じた。

このひと時だけでモンゴルに来て良かったと大満足に浸った。

たまに見える5?、10?ぐらいか、遠くに見えるゲルや横切る山羊や羊、馬、ラクダの群れにテンションが上がる。

車を止めラクダに近づくと、逃げることなく触らせてくれた。

遊牧民が馬に乗り家畜を追い込み、馬のたてる砂埃に惚れ惚れし、

大草原はいつまでも俺達を飽きさせなかった。

ただ、道は悪く、13時間もの移動で小さい町に着く頃にはタンコブが2つできた。

その晩

順調に思えたこの旅に悪雲が立ち込めたのだ。
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2009-09-18

モンゴル編1

モンゴルの首都ウランバートルに電車は着いた。

外に出ると息は白く冬の始まりを感じた。(やっぱり早く来て良かったな)

あまりの寒さに客引きの車に乗り宿に向かった。

今回、モンゴルでの目的はゲルでの生活とゴビ砂漠に行く事であった。

いかに現地で安いツアーを組むかがポイントになるだろう。 

色々と聞いてみると最低1週間は必要で1日40$もかかるという。

日本からのツアーを考えると安いだろうが先の長い俺達にとってはちょっと高い。
しかし、どこも相場は変わらないのだ。
(妥協するしかないのか。。。)

ウランバートルはロシア色やコリアン色も感じ取れた。
女性は化粧ばっちりでイメージとはちょっと違った。

交差点の真ん中で警察が交通整理をしている、
信号がいつ青なのか、いつも分からず渡る度にヒヤヒヤする。

山田姉妹と合流し街を歩いていると日本語を勉強中の大学生に話しかけられ人の良さを感じ、
買い物に出掛けた。

その時に今回、モンゴルでの旅のキーマン、エンヘさんとの出会いがあったのだ。

買い物で盛り上がっている俺達に気がつき話し掛けてきたのだ。

エンヘさんの案内で初めてモンゴル料理を食べる。

モンゴル料理はとにかく羊、メニューの8割9割が羊なのだ。

エンヘさんにツアーに安く行ける方法を相談をしてみると
彼の友達に車を出してもらえるか聞いてくれるという、

早くも良い風がモンゴルで吹き始めていた。

次の日、むこうから来るエンヘさんの顔色は冴えなく見えた
(こりゃ、無理かな、、あてにはしていなかったしな。。)

ところが、返事はOKで翌朝にはゴビ砂漠へ向かおうとの事だった。

ただ、この時山田姉は迷っていた、安全、信用のあるツアーの方がいいのじゃないかと、
それを口にした時、俺が強引に丸め込め行く形を作ったのだ。
エンヘさんが申し訳なさそうにドライバーにだけは1日8000トグリグ(560円)
払ってくれと言っていた、その安さが俺を強引にさせたのだ。

明日から信じられない安さでゴビ砂漠を目指す事になったのだ。

果たしてこの風がどうなるのかは今はまだ知る由もなかった。

2009-09-18

北京?モンゴル

少し寒い朝だった、重いバックパックを背負うといつも荷物を軽くしないとな。。そう思う。

北京駅には余裕をもって着き、既に電車は停車していた。 

昨日の大混雑の中買ったチケットはどんな席かすら分からないで買っていた。 

電車は綺麗でモスクワまでのシベリア鉄道を突っ切る電車だった。

高くて諦めた国際電車の途中までを買っていたのだ、

このことに気がついた時にしめた!!と心であの噂を思い出した。

その噂とは、国境からの先の乗車券を交渉(賄賂)次第いで手に入れれるかもしれないということだ。
 
交渉は望む所、どうせ賄賂は酒代になるだけだろう、とことん戦ってやろう!

臨戦態勢は十分だった。

席は寝台であった、一部屋4人が泊まれる。

運よく一部屋2人占めだった。電車に乗り2時間ぐらいたった頃、

下っぱの駅員が俺達の部屋をノックしてきた。(きたきた!!!) 

どこまで行くのかと聞いてくる、

「ウランバートル」(モンゴルの首都)

チケットが今買えるけどどうする?!と言ってくる、

値段は一人450元。
「いやいや、お金無いしもっと安くしてよ」

困った顔をする、駅員も無理無理としか言わず部屋を出て行き、数分後また現れた。

キャプテンの所に案内するという、車掌は大股を広げ座り待っていた。

2人で900元だと下っ端に言う、キャプテンは英語が喋れないらしい(車掌のくせに)
俺「いやいやもっと安くしてよ!!」

車掌は痺れをきらし、じゃあいくらがいいんだ!と電卓を俺に渡す。
(う?ん、、本当は二人で400元ぐらいがいいけど500元でいいかな、
でも何かこの雰囲気、言いづらいなぁ。。)

500と電卓を叩く。

それを見た車掌は呆れ顔で俺を見て、じゃあ800元でどうだと言ってきた、
「ウーバイクァィ」(500元)中国語で言ってみる。

車掌は切れ気味に700!!と、これでもか顔。

「いや、500」「500!!」

車掌は鬼の形相で「ブヨウ!!!!」(無用)と叫んで

手で出てけ!出てけと部屋を追い出された。

失敗に終わった、だがまだ諦めてはいなかった。

1回追い出されるくらいがちょうどいいんだ、
無理なら予定通りにバスで国境を越えればいいのだから。


チカに駄目だったと伝えると、あっけらかんと「まぁしゃぁないな」と一言。

外の景色を眺めていると、いきなり部屋に間違えて入ってきたのが山田姉妹の姉だった。

彼女達もモンゴルを目指してるという、
しかもなんと聞いてみたら600元で国境から先のチケットをさっき買ったという。

姉がその話をあっさり教えてくれたが、妹は秘密って言ってたじゃん!!
と姉に注意していたが、まっいいか、とさっぱり姉妹である。

ロシア語を喋れる姉がロシア語で交渉し女の子だと甘いのかあっさりと買えたらしい。
(俺、切れられたんだけど。。)

その電車には世界一周中の夫婦も乗っていて
モスクワまであと5日もこの電車に乗り続けると言っていた。

国境に着く2時間前になって、ちょっと焦り始めた。
(来ない、中国人の性格からしてまたくるはずだ。。こっちから行ったら足元見られるしなー)

そんな事を思っていた矢先に「コンコン!!」

(きたーーーーー!!)
俺「500!」「500!!」

とうとう600元まで下がったが、結局またキャプテンの元に行く事になった。

さっきの鬼の形相とは程遠い仏の顔で座っていた。

そして550元、間をとった金額で決まったのだ。(最後見たキャプテンの顔は呆れ顔であった)

正規の値段で北京からモンゴルまで行くと一人1万9千円するところ5千9百円でいけたのだ!!

深夜に電車の中で国境を越え電車はモンゴルの首都、ウランバートルに向けて闇夜を走り続けた。

2009-09-08

北京2

二日目は天安門と山の上から故宮を見下ろした。
(うーん、別に普通かな。。毛沢東がどっかのスーパーの社長にみえた)

餃子を食べたり夜市で春巻きみたいなやつやら、そこらで買い食いしまくり。

案の定、夜には下痢になった。

早く油に慣れないといけないなー

串ものが多く生きたサソリやら蝉やらあって美味いのかどうか謎であった。

よく見る茶色い瓶の中身はコーヒー牛乳かと裏腹に飲むヨーグルトで毎日飲んでしまいそうだ。

それにしても、寒い。

フリース着てもいいくらいである。

(モンゴルに早く行かないとまずいな。。。)

次の日

朝一から北京駅に向かい国際電車を調べる、

切符売り場は大盛況でとんでもないことになっていた。

何箇所もたらい回しされ、やっと聞けたら売ってくれないのだ!

そういあば、、国際電車でのモンゴルのブログ記事は古かった。

何年も昔の記事ばかりであった、(しまったか?!ビザまで持ってるのに!!)

向かいのホテルで聞けって、俺たちが泊まってるホテルじゃないか!!

そういえば、下に旅行デスクがあった。

値段を聞くとやっぱり高い、1万9千円も片道でするという。

(無理だ、高すぎる。。)明らかに盗り過ぎだろ?

ここでしか手配ができないっぽい。

あ、、普通の電車なら国境の町まで行けるはずだ!!

聞きに行こう!!  再び駅に向かう。

またたらい回しにされ、自分の順番でも割り込みされ、中国語で聞いてみると

行けるみたいだ、話してる間も横から色んな奴等が話しまくるあの状況で

時間の指定など席の指定など絶対に無理だった!

この切符を買うのに1時間半もかかった?

148元約2000円でなんとか中国とモンゴルの国境まで

明日、急に超朝一の電車で向かう。

夜に着いたらもうバスは無いことは今既に分かってる。

どうなることやら、まったく分からない。

とりあえず、食べ物買って来ようっと。。

2009-09-08

北京1

昨日の疲れが全然抜けていなかった。

疲れた、バタンキュウとはこの事である。

疲れで景色も殆ど見ていなかった街は都会であった。

おぉ、吉野家でないか!! 13,5元(190円)迷いもなく牛丼をかけこんだ。

(米が意外とうまいな!)

昨日行けなかった宿を調べに行くと最近ではドミトリー(相部屋)が無く

安くても60元(840円)

(高いな?、うーん?、、駅前の方が20元高いだけかぁ、、ここまでまた地下鉄3駅
 あの荷物をなぁ。。。。)

荷物はゆうに20?はあるだろう。

もう、駅前が高いけど疲れてるし挫折!!

なんか、最初から甘えてるなぁ。。。



2009-09-08

神戸?天津?北京 (9月4日?9月7日)

船が出て行く、

見送りにきたテツがどんどん遠くなる。

今さっきまで船から大声で話してたテツがどんどん離れてく。

何ヶ月居たんだろう、家族になってたテツの振る手がいつまでも

見える船での見送りは悲しすぎて、、

「次は船は止めようか、、」一言こぼした。



船の中には色んな物語を持った人達が居た。


太平洋戦争で死んだ兄のお墓参りに行くお爺ちゃん。

35人の大団体の内モンゴルツアーの大学生達。

外人も何人か、

モンゴル、中国好きな同じ年の人にも会った。

彼は馬でいつかユーラシア大陸を横断したいと言っていた。

買った馬をモンゴルに預けてるらしいが、

連絡が最近途絶えてしまったらしく、

彼の、おおみっちゃんの馬は果たして生きてるのだろうか。。

世界に出ると本当に変態ばっかだなぁと思う。(褒め言葉)

モンゴルでは馬を買ってモンゴルを1周する人もいるらしく
(それも面白そうだな?)
一瞬考えたが、マイナス40℃の冬も近づいてる事だし

無理と判断した。


2泊3日の船の航海は順調だったが3日目の早朝から時化で

船は揺れに揺れた。

朝食の食堂に何とか辿り着いても人は殆ど居なく

一口、二口で食べれなかった。

天津に着くのも予定より2時間も遅れ、

そのまま天津で泊まるか北京に向かうか選択に迫られた。

(多分、北京の方が宿は安いかな。。でも、遅くれたな。。)

天津の宿の情報もなく、北京に向かうことにした、

船着場をでるとノーヘルでバイク二人乗り、

タクシーのしつこい客引き、バイクなのにこいでる変な乗り物。

(あぁ。。戻ってきた、この世界に)

面白い世界が目に飛び込んでくるんだ。

駅までバスに乗る、21個先のバス停までで20円くらいで

やっぱり中国安い!

あまりの安さにテンション上がったのも束の間、

地獄のような時間が始まった。

おいおい、どんだけ乗るんだよってなぐらいバスパンパン

こんなに荷物持ってて出れるのか心配になった。

何言ってるか分からん文句を気にせずバスを飛び降り

駅に着いた。

新幹線を待つ、なんか知らないけどチケットが調べてたより

3分の1でラッキーだった。

あれっ?!

普通の電車来たけど。。。

駅員が叫びまくり、乗れ!奥に詰めろ!

中国語分からんけど100%言ってる、

スーパー満タンのこんな電車みたことないもん。

(これどう乗るのよ???絶対無理、背負ってるバックが
  あそこ通るわけないし、まだ20人ぐらい乗れてないし。。)

なかなか出発できない、そりゃそうだよ無理だって、

おおお、チカが乗った、おお、ちょっとづつ消えてく

100%周りの人達が叫んでるのは「痛い、無理!!」

もうめちゃくちゃ、俺も行こう!!

痛いから周りの人達がどんどんバッグごと俺を電車の中に詰め込む。

片足にもう片足を乗せて3時間も北京までかかった。


新幹線なら50分だったのに。

もうへとへと、フラフラ、朝から何も食ってないし辛い。

夜11時過ぎてて地下鉄も動いてないし、雨降ってるし、

何か事件があって歩道橋も渡らしてくれない、

20分程掛かってやっと北京駅の向かいのホテルに。

(今日はもういいでしょ、高くても。。もう無理!!)

いかに安いところに泊まるかのこだわり0状態であった。


日本から持ってきた辛ラーメンを半分づつコップで作り食べた

のが今回の旅での最初の食べ物だった。

テーマ : 日記
ジャンル : ライフ

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