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2009-10-19

トルファン編1

2500?の電車の旅だった、体もずっと移動続きで疲れているのか、

正直少しどっかでゆっくりしたくなってきた。

窓から見る景色は茶色一色に変わっていった、とても畑にはなりそうにもない土。

太陽が空に滲んで形がない。

次第に乾ききって地割れした土地が広がった。
(だいぶ、深い所まで来てしまったな。。)

そう、中国のだいぶ深い所まで来ている、完全に未開地で情報も少なかった。

ただ果物が食べたいだけで来てるなんて、ちょっとやっちゃったかな感が沸いてきた。

トラックに数十人が乗せられ何台も仕事場に走ってるのを見た、

少しづつ開拓されているのは見て判るがとても先が見えない現場である。

きっと数十年はかかるだろう。(途方もない話だな。。)

注射針で無差別に刺すという事件はウルムチで起こっており、

トルファンはその手前の町なので多分、問題はないだろうと踏んでいたが多少の不安もあった。

トルファンの駅は町までは60?も離れていて、偽タクシーに乗って町に向かった。

瓦礫を崩したような土地にアスファルト道路が敷いてある。

たまに見る川の近くには緑が見え、こんな土地に緑があると際立つ。

土の国、トルファン。

果たして果物は美味しいのだろうか。


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2009-10-19

西安編

電車の寝台が3段に変わった、3段の一番上が値段が安い。(もちろん上)

ベットの幅は狭く、体の横にペットボトル1本置くと邪魔なくらいな狭さで

座ると頭が天井に当たるぐらい狭い。

西安まで20時間ちかくかかるので電車の中では暇であった。

小説を読んだり、外の景色を見たり、甘栗食ったり、カップ麺食ったり、寝たり。

甘栗をいかに栗を傷つけずにうまく剥くかを極めようとしたが無理だった。
(薄皮が。。。)

カップ麺はたくさん種類があり、どんどん開拓中である。

買う決め手はやはりパッケージである、

好!弾麺!黄金小麦!口福!とか漢字を見て適当に買うのだ。

値段はスーパーカップ1、5倍サイズのもので大体40円くらいである。

お奨めは今麦郎。
(蓋の真ん中にドーンと今麦郎と書いてあって箸で麺をグイっと持ち上げてる絵のやつ)

味もかなり種類があるので、そのうち1番を決めたい。

シルクロードの出発点の古都、西安(シーアン)の駅を出ると目の前に城壁が立ちはだかった。

西安の町は城壁に囲まれていて、いくつかの門から車が行き来しているのだ。

城壁を通ると繁華街があり、車もバスも多く、都会であった。

目を引く食べ物屋ばかりですぐに楽しみになってくる。

宿もすぐに決まり食に走った。

刀削麺、坦坦麺、蘭州麺、麺物は種類も多く安いし美味しい!

チャーハンは少し脂っこいがそのパラパラ感は日本でもなかなか出会えない美味さ。

お客が多いお店を選んで入るとハズレは少ない。

特に西安では観光するつもりではなかったが、青龍寺を見にいった。


ー青龍寺ー 空海が遣唐使でやってきた時にこの寺で弟子入りし学び日本で真言宗を開祖した


入り口で無料で日本語ガイドが付き添ってくれ空海の歴史を学んだ。

ここで一期一会という言葉が生まれたらしい。

ガイドも「私と貴方達に会ったこの今も一期一会でしょう」と言って

兵馬俑には行きましたか?と聞いてきた。

俺達「いや、行ってません、多分行きません」

ガイド「え??! なんで行かないのですか?」
    
    「なぜ西安に来たのですか?」
     
    「もう西安には来ないでしょう?」

連続の問いと突込みに、

お、ぉ、、確かにもう来ないかもなーやけに日本語うまいな、というより

行かない俺達が間違ってるようにも思え明日行くことにした。

ー兵馬俑ー 35年前に井戸を掘ってた農民が偶然発見した、
        始皇帝の陵墓を守る為に兵士や軍馬の等身大の
        素焼き陶器がずらっと並んでいて、
        発掘現場そのまま博物館としている。(参考はハムナプトラ3)


一つ一つ違う表情や保存状態が良く確かに見て損はないが、博物館の建物が体育館みたいで

中国のセンスの無さが際立った感があった。

ガイドから教えてもらった名店、西安で1番有名な西安餃子を食べにいった。

千年の味と賞賛されているらしく期待して店をくぐると、色んな動物やら飾りやらの

餃子が飾ってあり、どうも食べるには忍びない。

普通の餃子を頼んだら、かなりの美味しさで千年の味というのも頷けた。

そして西安で食べた果物が美味しかった。

神戸?天津の船で出会ったおおみっちゃんが、「トルファンの果物は1番!」

と言っていたのを思い出した。

トルファンか、、

未開の土地、ウイグル自治区。

注射針事件も起こったばかりで治安も良くないのだろうか、、

おおみっちゃんが「あのハミ瓜が美味いんだよな?」と思い出しながら頬が揺るんだ

あの笑顔が本当に美味しさが伝わったなー。。。

果物を食べるだけの為に旅の舵を変えるのも有りかなと、

そんな旅もいいかなとトルファンを目指すことになった。

2009-10-19

内モンゴル、フフホト編

西安行きの電車に余裕をもって1時間半前に宿をでた。

バスの先にはフフホトの駅が見え始めたところで、突然驚く事が起きた。

足の悪いお爺ちゃんがヨチヨチとバスから降りているのを何気に見ていた、

全然降りきっていないのにバスは発車したのだ、お爺ちゃんは転げ落ちた。

あまりのびっくり映像でチカと目を合わせ「やべぇー転がったー」申し訳ないけど、少し笑ってしまった。

バスは少し進んだところで信号に停まった。

すると、さっきのお爺ちゃんの連れが凄い形相でバスのドアをバンバン叩き、大喧嘩が始まった。

お爺ちゃんもやっとの事バスに登場し、動作は鈍いが口は滑らか怒鳴りまくり、中国人は本気で怒れる人種である。

10分が経った、収まる気配のない空気に周りは痺れを切らしバスを降り始めた、

駅は見えるが歩くにはちと遠い。

時間はまだあるが、少し不安を感じてきた。(どーしょうかな、全然バスは動きそうもないし。。)

ちょうど同じバスが見え、3車線ど真ん中に停まるバスを降り、うまく乗り換え駅に着いた。

見送りに来てくれた、もんちゃんが最後にとご飯を奢ってくれた。

もんちゃんは中央アジア(ウズベキスタン周辺)を横断した旅人で、なかなか聞けない話しを聞かせてくれた。

来年の春からは銀行マンになる、

旅はもう終わり、最後と言っていた。

まだ若いのに、どこでも行けるのに日本で社会人になる。

それも1つの道。

その道が正しいかどうかなんて誰にも判らない。

ただ、もんちゃんは俺達に、

「世界まわって最後、旅人に会ったらご飯を奢ってあげて下さいね」

と言って笑ってた。

その言葉に、いつか来る旅の終わりに寂しさを感じた。

いつまでも旅人ではいられない、

ただ、後悔のない最高の旅にしようと思う気持ちが強くなった。

2009-10-18

モンゴル?内モンゴル

モンゴル最後の食事はロシア料理であった。

羊が嫌いになり、大草原を馬で駆け地球の星空に出会った、

隕石に後ろ髪惹かれつつモンゴルとサヨナラだ。

北京に戻るつもりだったが、中国の内モンゴル自冶区に舵をとった、

もう一つのモンゴルも見てみたくなったのだ、先を気分気ままに進めていく

これが俺達の旅のスタイルにしていきたい。

中国の国境、エレンホトから内モンゴルの町フフホトに経由していった。

電車では常に熱湯が手に入るため、給湯機にはいつも行列。

20時間も越える電車の中での食事は皆、カップ麺なのだ。

便所はモンゴル経由だとロシア式で便座がないから空気椅子で用を足す。

国境をこえ、内モンゴルに入っていく。

大草原はそこそこあるものの、ゲルは見当たらず、

そのうちに大草原は開墾されモンゴルとは程遠い景色であった。
(モンゴルでは畑を見なかったな。。)

25時間の移動で疲れと空腹はMAXであった。

モンゴルの宿で知り合った、もんちゃんと3人で駅の近くの宿に交渉の末、15元(210円)でまとまった。

即、中国料理を堪能した。

やっぱり中華は美味しい、食の重要さを本当に感じた。

宿に戻ると突然警察が俺達の部屋に入ってきた、

ここから大変な事になったのだ。

なにやら部屋を移れと言っている、

その警察は酔っていて上着は制服を着ているものの下はGパンで警察すらも怪しい。

初めは賄賂をよこせ的な感じがして、緊張した空気が流れた。

その宿の宿泊費を返してもらい、ご飯は食べたものの一息もつけずまた、宿探しとなった。

2軒3軒まわるものの「リーベン」(日本人)と聞いただけで泊まらせてくれないのだ。

最初から日本人だけど泊まれるかと確認して大丈夫と言ってくれても

後々に出て行ってくれとなる。

気が付いたのだが、フロントで必ず電話をするのだ、

あの電話の先の秘密組織が俺達を泊まらせないと影で暗躍しているに違いない。

もう5軒はまわった、2時間は探し、夜11時も廻ってる、

なにがなんだか分からなくなってきた。

2年前に旅をしてたときの宿ガイドを持っていた、YHA(ユースホステル)に行くしかない。

YHAが無理なら駅で野宿しようと3人で決めた。

かなり遠い為、TAXIで向かった、本当はこんな深夜に乗りたくないところである。

YHAに着くと無事泊まれそうであった、フロントの人は秘密組織に電話しないので安心したものの

いつ部屋を出て行ってくれと言われるか気が気でない夜だった。

シャワーを浴びた後、ご飯の後に買った冷えひえのビールは

ぬるくなっていたものの疲れた体に染み渡った。

2009-10-05

モンゴル編 最終章

六日振りに浴びたシャワーは格別だった、

砂埃で白髪のようになった髪も艶を取り戻した。

とにかく羊に疲れてた、暫くはちょっと勘弁だ、

皆同じだった、山田姉がロシア料理を食べに行こうと提案した。

ロシア料理なんてまったく知らなかった。

ボルシチ(赤カブのスープ)は優しい味で、

カツレツにナイフを入れるとバターが溶け出しジューシーでそれは美味しかった。


ウランバートルに帰ってきてからは羊を口にしなかった、

モンゴル料理は安いが他の食事をすると倍くらいかかってしまう。
(もう、モンゴルを出よう!)


次の日には出る事を決めていた、

次の朝、山田姉妹はテレルジという町に日帰りでいくという。

(テレルジかぁ、確か馬に乗れるんだったな。。)

馬か。。 

渓谷での馬の事を思い出してるうちにまた乗りたくなってしまった。

今日に出発すると言っておきながら、今大草原で馬に乗ってる。

ここの馬はなかなか言うことを聞かない、ムシャムシャと草を食べたら歩きだす始末、

だが、それもまた、のんびりしていて悪くなかった。

2時間も乗っていたらお尻と腰が痛くなった、きっと乗り方が下手なんだろう。

この大草原で馬を乗る、毎日でもきっと飽きさせない。

いつかモンゴルで馬でも買ってみようかなと本気で考えてしまった。

馬はともかく、ウランバートルに帰ってきてから気になって気になってしょうがない事があった。


隕石である。


ネットで調べたら隕石によってはとんでもない金額になるみたいだ。

だが買うのは賭けみたいなものでもある。

本気で買おうかなとモンゴルを去り際に迷いだした。

チカも山田姉妹も女達にはまったく興味がないらしく呆れられている。

(うーん。。パチンコに数十万負けるくらいならあの隕石に賭けるのも有りだな。。
 
 うーん。。

まさか戻ってきて買いたいなんて現れたらTも価値あると踏んで値段交渉も大変になるだろうし。。)


いや、冷静に考えてあの重さの隕石を世界一周に連れて周るのは無理だなーー

世界には隕石ハンターというのが存在するらしい、彼等は金に糸目つける事無く隕石を手に入れる。

成分鑑定をしてその隕石がどこから飛んできたのかまで判ると価値が決まる。


隕石にロマンを感じてならない。


もし世界をまわって帰っても気になっているようなら買いにいこうと心に決着をつけた。

隕石ハンターに嗅ぎ付けられたら大変なので町名、名前を伏せておいた俺は抜かりのない男。

果たして隕石と俺の物語は展開していくのかは神のみぞ知る。


モンゴルを出る切符を買いにいく途中、雪が降ってきた。

昨日までビーサンで過ごしていたのが嘘のように雪は強くなり大雪となった。


マイナス40℃にもなるモンゴルの冬の到来を告げていた。

2009-10-05

モンゴル編5

砂漠の朝は寒かった、夜も寒くて何度も目が覚めた。

少しお尻が痛い、(昨日は色々と乗ったしな。)

一人、外に出るとまだ朝日は昇ってはいない、山羊の群れがいつの間にかにゲルの周りにいる。

近づくとトコトコと山羊の群れは逃げていった。

ゆっくりと朝日が昇る、その時間は寒さを忘れれた。



昨晩、小川が乳搾りができると言っていたが何やら今日は出来ないらしい、

山羊がいないらしい。

(ん?! ん、朝一、俺が山羊の群れに相手してて遠くに逃がしてしまったぞ。。)

俺のせいかも。。。

車を走らせゲルが見えるとちょうど乳搾りの真っ最中であった。

1頭1頭交互に首を縄で絞め一列に山羊を並べて乳を搾る、

脱走する山羊の角を掴み縛るのを手伝う、おばちゃんは慣れた手つきで乳をバケツに搾りまくる。

コツがいるものの上手く搾る事ができた。

ゲルにおじゃますることになり、ツァイやチーズ、手作りのウォッカをご馳走になった。

味は全部、羊の味がして褒めるものではなかった。


旅は終わった、砂漠を帰り走る。

見知らぬ俺達にここまでしてくれて本当にありがとう、ゴビ砂漠の旅は本当に激動かつ最高なものになった。


ゲルに着いてからダラダラ自分の家でもないのにゴロゴロ。

ゲルの生活は心地よいのだ。

仕舞にはご飯まで作ってもらった、

ゲルの中心にある暖炉に薪や糞を固めたものを入れ火を焚く。

それはガスコンロ顔負けな火力の強さ、

どんな料理にも羊入りで味付けが麺だろうがスープだろうが変わらない味なのだ。
(しかし本当に羊ばっかり食べるなぁ。。)

チーズはかなり苦手であった、かなり癖のある味なんだ。

馬乳酒も大分、口にしたが慣れなかったなぁ。。

もう正直、モンゴル料理に疲れ始めていた。
(食べ物で疲れるのは滅多にないんだけどな)

ずっと下痢であった、海外に出てきてからずっとかも。。

その夜、ライトポイを披露して明日ウランバートルに帰る事にした。

モンゴルでは灯油が手に入りづらく本当はファイヤーポイを見せたかった。

しかし、この旅はモンゴル人以外に出会わない旅だった。


ウランバートルに向かうローカルバスも地元民しか乗ってない中、日本人が珍しいみたいだった。

超満員状態でバスは相変わらずの揺れで走る。

指差し会話帳も使い慣れてきたもんだ、向かいの兄ちゃんがキャラメルをくれた。

(ガコッ!! ええっ?! 銀歯取れた!)
隣のお爺ちゃんが馬鹿笑ってる。

超笑いながら、犬に食べさせろと言ってくる、犬の歯が強くなるらしい。
(どーでもよい)

亀に似たお婆ちゃんが編み物をしていた。

編み物がどんどん形を作る。

大草原の中、バスが止まる(あぁ、遠くに見えるあのゲルがこの人の家なんだ)

ボリュームいっぱいにバスに音楽が流れる、

さっき大笑いしてたお爺ちゃんは歌ってた、

亀婆も編み物を止め歌ってた、振り返るとみんなが歌ってた。


バスの中は大合唱だった。


何時しか、お爺ちゃんは泣きながら、亀婆は大草原を見ながら。

後で聞いたら、故郷、家族愛の童謡の歌だったんだ。

お爺ちゃんの顔みたら

こっちまで泣いてしまいそうで見れなかった。


そんなバスに乗りウランバートルに帰ったんだ。

2009-10-05

モンゴル編4

ドライバーは小川直也似とその奥さん、Tと俺達7人を乗せ砂漠を走りだした。

ゴビ砂漠は黄金の砂漠ではなく黒っぽい砂漠で意外と草も生えていた。

蜘蛛の巣のような別れ道でどうやら小川は道が判らない様子で

ゲルが見えるたびに訪問し道を尋ねながら車を走らせた。

どこに尋ねても皆親切に教えてくれ、時には誘導案内までしてくれるのだ。

やっとのこと、ヨリンヤム渓谷に辿り着いた。

入場料を払いゲートを通り進むと馬がたくさん待機していた、

車を降りると馬使いの人が馬に乗らないか?と言い寄ってくる。

5000TG(350円)で乗れると言う、(安すぎ!!)

到着して1分後には馬に跨っていた。

谷と谷の間に小川が流れる絶景をジャブジャブと水を跳ね馬は歩く。

少し慣れるとガイドは手綱を俺に預け自分で操り歩かせる。

説明などまったく無い、もちろん初めてで、また不思議な気持ちと心地よい気持ちが織り交じる。

馬が止まるとガイドは「トゥーース!!」と言いケツを叩くと馬は動きだす。(なるほど。。)

踵で馬の腹を軽く蹴ると同時に「トゥース」と叫ぶと馬は反応し小走りし始めた。

馬上からの視線は高く、景色はそれは本当に素晴らしかった。

馬を降り、渓谷の奥まで歩いた。

砂漠の中にこんな渓谷が在るなんて、そのギャップに驚いてしまう。

競馬好きな俺にとって馬に乗る事がどんなにうれしい事か、

心は武豊。

帰り道、調子に乗り馬を本気に走らせると、

風になったのも束の間、あまりの速さにびびって手綱を引いてしまった。
(落ちたら骨折どころじゃないぞ。。。)

車に戻ると小川が山を指差すその先に米粒ぐらい小さなTが手を振ってる。
(あんなところまで登って、はっ!まさか、暇あれば隕石探しか?!)
まったく抜け目のない奴だ。

ゴビ砂漠のメインのバヤンザク砂丘に車を走らせる、道は相変わらず悪い。

途中、パンクしてしまった。 パンクは当たり前なのか、慣れている。

夕日の沈む前に砂丘のゲルに着き、おじゃまするとお腹ポッコリおじさんがツァイ(ミルクティー)

をご馳走してくれた。 ゲルに入ると決まってモンゴル人は写真やメダルなど飾ってあるものを見るのだ。

たくさんのメダルがあった、競馬のメダルだと小川が教えてくれた。

お腹を眺めながら(ふーん、今はちょっと斥量オーバーだな。。)ちょっと、関心した。

ポッコリおじさんがシーバーでなにやら喋ってる、

え?! ラクダに乗れるって!!? なんて濃い1日なんだ!!

ゲルの外に出てもラクダ1頭も見当たらんないけど、、 どっかに移動するのかな?!

数分後、小川やTが砂丘を指差す、

え? 何? どこ??

小川達は、あそこ、あそこ! 指を指す。

(ん? 蟻みたいな、いや違う! ラクダか?! )

ラクダの群れがこっちに向かって走ってきてる!!

さっきのシーバーはラクダを呼んでいたのだ。

20頭以上のラクダが本気走りでやってきた、(俺達4人だけしか乗らないのに、まったく申し訳ない気分だ)

ラクダはそれはでかく、とても乗れそうにない、(うーん、どうしたものか。。)

「トゥース!!!」 (ここでもトゥース?!)
ぽっこりおじさんが叫ぶとラクダは跪いた。(座らせてから乗るのかー!!)

何にも知らない俺。

「トゥース!!トゥース!!」む!全然座らん!!

小川が手伝ってくれてなんとか座らせたラクダに跨り、ラクダが立ち上がると高い、高い。

モンゴルのラクダはコブが2つある、その2つのコブの間に座り前のコブを持ち乗る。

ゆっくりと砂漠歩く、

ラクダの足跡が砂漠に残る。

夕日がオレンジに変わり始めた

沈む夕日に向かって歩いていく、空が七色に滲む、

後ろを見ると夜が始まってる、月と星がみえ空は青から黒くなっているのに

ラクダの先は空は夕日が今まさに沈んでいく。

生きていてこんな贅沢な時間は二度とないという事に気づいていた。

沈んでも夜に変わる空をずっと見ていた。


ゲルに着く頃には辺りは暗くなっていた。

今夜はここで泊まらせてもらえるようだ、けして宿でないこの場所で泊まれるなんて最高である。

ゴビ砂漠での1番の楽しみにしていたのが星を見る事だった。

ゲルの天窓から星が見え始めた。

外に出ると、星が目の前に降ってきそうなぐらい近く、びっしりと空を星が埋め尽くしていた。

天の川が途中で2つに分かれているのがはっきり見える、

虹のようにアーチを作り地平線にしずんでる。


丸い。

地球って丸いんだ。

自分の真上を架ける天の川の端から端までまで一目みてそう感じた。

西村さん(天体観測好き)、

ここに本物のプラネタリウムがありましたよ。

果たしてこの星空を超える星空に出会えるのか、、きっと出会えないと思うけど

世界は広いしな。。 やっぱり旅って面白い。

人生で1番の星空に出会った。

2009-10-05

モンゴル編3

着いた宿は停電していて明かりが付くまであと1時間かかるらしい。

モンゴルの田舎は1日で2、3時間ぐらいしか電気が付かないのだ。

晩御飯の時、ドライバーボルトさんが俺達の作ったラーメンを食べている時に

肉のない食事は有り得ないと一言、部屋に戻りウォッカを飲み始めた。


モンゴル人は肉食の人種なのだ。

酒が手伝って気分を良く俺達を誘ってきてみんなで飲み、

最後まで残った俺に神妙にエンヘさんが聞いてきた。

ボルドさんにちゃんと支払いが出来るのかと、


俺「8000TGでしょ!問題ないよ!!OKOK」

エンヘ「え?!80000TGだよ!!!!」

俺「へっ??!!話が違くない?!」

エンヘ「8000TG(560円)じゃ何も出来ないじゃん!!」

た、確かにそうだ。。

でも4人でちゃんと確認したはずだった。

別に騙してる様子は無い、とにかく話は食い違ってる。

夜も深く、明朝に話し合いをすることになった。

80000TG、(5600円)という金額は高いのだ、

ドライバーだけを雇うなら現地ツアーに頼んだ方が安いのを知っていた。

朝から2時間、話し合い

1日のドライバー代と帰りのガソリン代に折り合いがついた。

2日目にしてエンヘさん達と別れる事になった、

いきなり先の見えない旅になってしまった。

明るくなって見た街中はとても街とは呼べるとは程遠く、集落のようであった。

地球の歩き方すら載ってない。

たまに見かける人に尋ねてもバスが出るのか出ないのかも曖昧で途方に暮れた。

1時に出るという話しも3時に出るという話しも違く、

結局のところ何時に出るのか皆分からないようだった。

たぶん、人数が揃わないと出発しないのだと思う。

とにかくゴビ砂漠にアクセス出来る町までは移動したい。

4時を過ぎ、遠くに停まるバスらしき車に駆け寄り「Z町まで行きますか??」

バスドライバー「ああ、行くよ!!」

(やった!!!)金額も安く、そのバスに飛び乗った。

モンゴルではとにかく言葉が通じない。

今回この旅のMVPは指差し会話帳であった、

神戸からの船で気持ち良くくれた、タキトキちゃん双子に感謝!

この本が無かったらどうなってたことやらと心からそう思う。

バスは揺れに揺れた。

集落を離れると周りは砂漠に景色を変えていく、ゴビ砂漠に入ったのだ。

6人座れる場所に9人も乗って、妊婦の人もいるし
(無茶しすぎ!だけど病院がないからしょうがないのだろうな。。)

半ケツ状態で5時間はとにかく疲れた。

そのバスの中でも指差しは大活躍であった。

1人の青年が指差しで会話してた時に天体観測をチョンチョンと俺に見せ、

星が流れる動作をして、オニギリを握る動作をした。

(あぁ、きっと流れ星が綺麗なんだろう。。)そう言いたいんだろうなと笑っていた。

途中、パンクしたものの無事、Z町に着いた、

町は暗かった、バスの人達とも打ち解けていたので宿にバスを運んでくれた。

値段まで一緒についてくれるぐらい優しかった。  

が、とても高く困ってしまったのだ。

すると、さっきの青年が家に来ないかと言ってくれ、なんと家はゲルだという。

バスは彼のゲルへと向かう、ゲルに着くと突然の訪問にも関わらず家族は歓迎してくれ

本物のゲル生活にお世話になることになった。

彼の名前はT(理由は後ほど)

家族はミルクティー(ツァイ)を淹れてくれる。

モンゴル流ミルクティーはしょっぱいが慣れてくると美味しい。

一息ついた俺にTが自慢気に石を見せてきた、
(何じゃこれ??)
渡され、持つとあまりの重さにコントのようなリアクションをとった、
(おお、重い!!!! なんじゃこりゃ??!!)

!!  

あああぁ!!! 

こ、こ、こりゃ、、隕石だよ!! 隕石だ間違いない!

あっ、さっきのバスでやってた、おにぎりの動作が隕石だったのか!!

Tはこれ、いくらで売れるだろうかと聞いてくる、

(うーーーーーん、、、見たのも触るのも初だし、超?謎だなー)

適当に100万TG(7万円)ぐらいかなーと答えると、

Tは満面の笑みで大切そうに自分のバックに隕石をしまった。
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