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2009-11-04

成都編 2

四川料理は味は濃く、超美味しい!!

チンジャーロースー、回鍋肉、マーボー豆腐、は定番

大蒜(ニンニク)の芽や茄子の炒め物、色々な野菜と肉の炒め物があり、ハズレが少ない。

4、5人でいつも食べに行き、4、5品頼んでご飯を4杯くらい食べて一人120円くらいである!

坦坦麺の有名店を聞きつけ足を運んだ。

大盛り坦坦麺が90円くらい、その坦坦麺はほとんど汁が入ってなく底に沈む汁を麺に絡ませる。

ナッパが少しと挽肉が少し、あとは麺。

執拗にかき混ぜ口に運ぶ、「う、うまー!!」

夢中に半分程食べた辺りで汗が滲み出る。

ウマ辛い!ハマる美味さである、都内でも通用する美味さであった。(通うな。。)

シムズコージーいは沢山の日本人が泊まっていた、九塞溝を目指す者、チベットを目指す者。

チベット。。

2年前チベットを目指し、雪の為に諦め引き返し帰国した。

チベットを目指す人達の話しを聞けば、あの時の熱い思いが蘇る。

チベットに行く為にはパーミット(外国人許可書)が必要であり、ツアーを組まなければならない。

2年前とは違う、パーミット無しで闇で(パーミット無しで)チベットを抜けれる時代は終わりかけてる

そう感じた。

ネパールに抜けるにはチベットから抜けるか、成都から飛ぶか、タイまで下って飛ぶかしかない。

(近い内にはっきり決めないといけないな。。)

久し振りにメールを確認するとライ君が間違いなく向かってきそうだ、オーストラリアからやってくる。

山の方では雪が降り始めたと最近、耳にした。

ライ君が到着したら直ぐにでも九塞溝に行かなければならなかった。
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2009-11-04

成都編 1

成都まで3000?以上、電車で2泊3日かかった。

ウイグルに行った事で6000?以上の寄り道となり、

体は正直、疲れていた。

成都は昔、三国志の劉備、諸葛亮が治めた、三国の一つ蜀の国。

四川料理でも有名でだいぶ楽しみであった。

三国志は小学校からずっとゲームをしていて、今は三国志11まで続いており

劉備でいつもプレイしていて思い入れがあった。

成都の駅に着き、噂に名高いシムズコージーGH(ゲストハウス)を目指した

案の定、迷ってしまった処、手に地球の歩き方を持ってるおっちゃん発見!!

よしさんのお陰でシムズコージーに着く事ができた。

世界一のGHと噂されるだけある、中庭には庭園があり鯉が泳ぐ。

ビリヤード、卓球、DVDルーム、三国志全巻、ゆっくりスペースがそこら辺にたくさんあり

全ての要望が詰められている宿であった。

沈没注意報全開である。

250人も泊まれる広さで満室状態であった、

満室なのも納得できた、ベットやシャワー、内装、細かいところまでも眼が届いている宿だった。

シンガポール人のシムさんと日本人のまきさん夫婦の宿でどんな人か興味がわいた。

(正直、儲かってるだろうな。。)

儲かってるところのオーナーなんて顔すらなかなか見れないのがオチだろうなと、

ところが全然そんな予想を覆した、寝てる時間があるのか?!ってぐらい働いている。

旅人で宿をやりたいと言ってる人は結構聞くけど、ここの宿を参考にしたらいいだろう、

とても真似できないだろうと思う、朝方4時くらいまで働く姿を見かけたよ。

まきさんは同じ歳でいつも忙しい。

やっと捕まえて、「今度、歯医者さん教えてください!!」

モンゴルでキャラメル食べて銀歯がとれたと話したら

工藤静香のような笑顔だった。

2009-11-04

ウルムチ編

ビザも延長できた事だし、ウルムチでゆっくりできそうだ。

しかしウルムチ自体の治安も定かでないし、行ってから様子をみる事にした。

バスで3時間、変なカンフー映画を見ていたらあっという間に着いた。

とりあえず町の中心に行きたい、

周りの人に尋ねると「20元で連れて行ってやるよ」

「10元で連れて行って!!」と交渉してみると、きっぱり「20じゃないと俺はいかないよ!」

あっちに行ってみな、と指さし「安いのが見つかるよ」とはっきりしてる親切さだった。

教えてもらった通りいくと市内バスがあり、バス停でも親切に教えてくれ、ウイグルの人の良さを感じた。

無事泊まりたい宿にすんなり来れたのは珍しいかもしれないなー。

ウルムチに着いても下痢は収まってなかった。

夜市の屋台は避け、ファーストフードでハンバーガーを食べた。

1ヶ月振りのマヨネーズが異常に旨い。

町を歩くと警察が銃をもっている、2,30分に1度は巡回してる機動隊の出会う、

暴動があったため物々しかった。

夜もお腹が痛く、寝不足気味である。

次の日、屋台を休んだ効果は少しづつでてきて治り始めてきた。

バザールに買い物に出掛けた時、ポンチョショールが変わっていて初めてこの旅で買い物をした。

何気に店員が俺達にタンバリンを叩きアピールしている、

ん、ん、、ちょっといい音だぞ!

試しに叩いてもいい音が出ない、店員が叩くと凄く良い音がでる!

ジャンベのような、バンディエロのような音に近い。

小さなやつでも十分にな音がでる、皮も動物のをなめしてて物もよい、

(打楽器かぁ。。 ポイに合わすのにいいかも。。。)

店員がわざとタンバリンを地面に落とした! 丈夫さをアピールしている。

旅向きでもある、よし!買おう!!

いきなり現れた名前も知らないウイグルタンバリンに出会えただけで

ウルムチに来た価値があった、果たしてこの楽器は活躍するのだろうか?!

宿は5階だった、遠くに見える山々が尖っていてピラミッドのようで近くはビルが立ち並び

ミスマッチさを眺めながら電車でいつか見た未開拓地が

このウルムチのような町に生まれ変わるのかもしれないなと思った。

元々住んでいたウイグルの人達はウルムチでも町外れに追いやられ

フルーツや野菜などコツコツと商売している。

レストランやショップやホテルでは漢民族が働く、きっとこれからもどんどん発展していくのだろう。

ウイグルの人達にとってその発展は要らないと思う。

無差別に注射を刺す程、追い込まれているのか定かではないが、

ウイグル人の優しさは間違いなく本物であった。

平和を願いたい。

6角、7角、8角の値段が存在するこのウイグル自治区こそ中国で1番面白い場所なのかもしれない。

今いるウルムチからカシュガルという町に行くと中央アジアの入り口のキルギスという国にいける、
(それもまた悪くないな。。)

もんちゃんから中央アジアの話しを聞いて興味深々である。

だが、約束がある。

ポイのライバル、ライ君との合流だ。

俺達が日本を出る前に国際電話で待ち合わせをしていた、その場所は成都。

冬が始まる前に九塞溝(きゅうさいこう)に行きたい。

冬は近い、ここ2週間はネットも見ていないが、うまく合流できるのだろうか。。

なんとなくでいい。

そんな感じでいい、旅とはそんなもので会えるもんは会えてしまうものである。

九塞溝の後はネパールに行きエベレスト(ヒマラヤ)にトレッキングを1ヶ月かけてゆっくり登りたい。

エベレストもまた冬が来る前に辿りつかなければならない。

この2つは時間が迫っているから駆け抜けたい。

中国もそろそろクライマックスに近づいてきた。

2009-11-04

トルファン編 4

腹が痛い。
(グリュ、グリュ。。)

どうやら何かに当たったようだ、便は水のように勢いよく出ていた。

こうなると正露丸なんてものは全然効かない。

アイスも1日に3本くらい食べてたし、ビールも飲みまくり、屋台の安さに食べまくり。

何に当たったのか全然判らなかった。


トルファンの町外れにウイグル族の住んでいる場所があり散歩しにいった。

川で洗濯をしていたり、無邪気に子供が遊び

椅子に座っているお爺ちゃんは煙草を吹かしていて何をするわけでもなさそうだ。

家は門があり、たまに開いている家を覗いてみると

葡萄を干していたり、ベットで寝てたり、地下に続く道がみえたり、

中の作りは家々によって全く異なっていて不思議な生活ぶりであった。

麻袋にスコップで豆みたいな物をせっせと入れている。
(何んだろう?!)

葡萄だ! コンクリートの地べたに干してた葡萄が今出荷されていく。

美味そうだなー。。  眺めていると、両手のひらにいっぱいに葡萄をくれて

歩きながら両手を口に運び、濃縮された葡萄の美味さが口いっぱいにひろがった。

だらしなく食べているけど、子供の頃に戻ったようで悪い気はしなかった。

1つ問題があった、実はビザがもう少なくなってきていた。

公安で伸ばす事ができ、どの町でもできるわけでもなく、実際には行って聞いてみないとわからないのだ。

トルファンで伸ばせなかったら急いで違う町に行かなくてはならない状態であった。

公安(警察署)に向かうと、どうやら担当の人が居ないらしい、20分ぐらい待つと担当がやってきて

どうやらビザ延長ができそうだ! ん、俺のパスポートを見て首を傾げた。

「これ貴方なの?本当??」

髭も結構伸びてきた、写真はモヤシっこみたいである。

(確かに写真と今は全然違うけど、どうも証明できないなー)

5分くらい疑ってきてやっと作業が進み、無事ビザを延長する事ができた。

これで一安心である。

トルファンからの電車のチケットが取りづらく手数料を払うのが釈で結局

ウイグルの中心、ウルムチに向かうことにしたのだ。

2009-11-04

トルファン編 3

タクシーをチャーターして謎の王国に向かった。

タクシーのおっちゃんは英語を全然喋れなかったが人の良さが顔に滲み出てた。

謎の王国は着くと、あまりの広さにびっくりした、

謎の土の王国。

建物、窓、塔や城、すべてが土。

崩れている建物に登ってみると土がパリパリっと割れた。

城や塔は半分も原型が残っていない、

雨が降って少しずつ王国の姿はいつか無くなってしまうのではないだろうか。

その王国を2時間も見て廻っても見きれない程の広さであった、

たまに目を閉じて栄えある時を想像してみたがなかなかうまくいかなかったな。
(インドで修行が必要だな。。)

トルファン観光は続く、

カレーズ(地下水路)は何百年もかけて水をひっぱりトルファンの生活の礎となった原点。

生きる為に掘った先人がいるからこそ今のトルファンがあるのだ。

墓を見にいった。

この階段を下りたらミイラがある、暗くて何も見えない。

いきなりチカが電気のスイッチを付け目の前のミイラにドキッとしてしまった。

西遊記に出てくる火焔山のモデルとなった山がある、

エアーズロックのように赤く、模様が火の燃えているように見え、

トルファンのこの暑さはこの山のせいとも思えた。


大満足でトルファン観光を終え、タクシーのおっちゃんにお金を払ったら

子供のように喜ぶ姿をみて、ちょっと高かった観光も、まぁええかと思えてしまった。

2009-11-04

トルファン編 2

町に着くと一変、素敵な公園や葡萄棚の道が中心を通っている

葡萄棚の木漏れ日の中を歩いていく、

バックパックの重さを忘れさせてくれた。

宿もすぐに決まり、市場にくりだした。

ショールや絨毯が色鮮やか、たくさん売っていて活気があった。

あっ、ハミ瓜だ!!

これを食べにきたのだ。

ハミ瓜の味はメロンそのもので西瓜ぐらいでかく長いのだ、

ナタで切り分けてくれたハミ瓜にがぶりつくと

髭から汁が滴り落ちるぐらいジューシーで甘い!!

皮に近い場所は歯応えがあり、その食感はセロリのように音を立てる。

「うまい! こんな水々しい果物に出会ったことはないぞ!!」

トルファンはそれは暑かった、冬が近いというのに汗が出るくらい暑い。

1番暑い時期には50℃を超えるその気候が果物を美味しくさせているのだろう。

その美味さは果物の為に来た甲斐があったものだった。

その市場で色々と口にした、

竈の内側に貼り焼くパイ餃子や肉まん、チジミとか串焼きなど。

値段はそれは安かった、

普通、最低の金額といえば5角(1元の半分)か1元なのだが、

この市場には6角?8角の値段が存在する。

ウイグルの人達はけして観光客だから高く売りつけるというのは無いみたいだ。

ウイグルの人達の顔は中国人の顔とは違ってくる。

中国とイスラムやアラブを混ぜたような感じで、その変化を見るだけでも面白い。

もんちゃんが中国はこの言葉さえあれば生きていけますよと、 

ビールと、冷えている、という2つの中国語を教えてもらってから飲みまくっている。

ビールは1本40円くらい、とっても安い。

トルファンの商店でフルーツのラベルが貼ってあるビールを発見した。

早速、飲んでみるとそれは今まで飲んだことないくらいフルーティで

ビール嫌いなチカもグビグビ飲んでいた。

世界にはまだまだ知らない食べ物がたくさんあるなと思い知らされる。

トルファンに昔栄えた謎のオアシス大国、

それが今も残っているらしい。
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