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2009-12-30

外伝 ネパールINカジノ 

ギャンブル。。

聞こえは悪いのか、酒に女に煙草にギャンブル。

カジノ。

あの雰囲気は他の何にも似ることのない聖地。

ここはネパールの首都、カトマンドゥ。

今は正にトレッキングシーズンで町は人が溢れている。

ゴミゴミした町を歩く、空気は悪い、喉が昨日から痛い。

「友達ー!!」 「こんにちわー」 「はっぱー」 「みてみて」

日本語で様々な誘いの中、色々な音のクラクションを鳴らされ歩く。

カオサン(タイの有名な繁華街)に似てるがカトマンドゥは好きになれそうだ。

町の中心を離れ、15分ぐらい歩いただろうか

煌びやかな看板が見える

高級ホテルに併設されているカジノが見えてきた。

(小さいな、思ったより。。) 昼を過ぎたあたりだった。

あ、ビーサンを履いてきてしまった。。

入れるだろうか、断られる可能性もある。

入り口のガードマンが足元を見てくる、何か言いたそうだが何も言わない

(大丈夫みたいだな。。) 「ハーイ!」にっこりと笑顔をガードマンにみせた。

中に入ると辺りは暗く人も少ないようだ、

カウンターがみえる。

お金をメダルに換えてくれるみたいだ、

どうやら見渡すとこの階はスロット系のフロアのようだ。

中央にある螺旋階段が2、3階ぐらいまで上に続くのがみえ、

2階にはテーブルが少し見える。

(上にテーブルか。。。)とりあえずは1階からだな。

メダルをUS$で10$換えてみた、41枚のメダルと共にフロアーを練り歩く。

(スロットばかりだな。。)試しに1枚入れてみる、1ラインのドラム式の古いタイプの台だ。

当然、揃うわけもなく、また練り歩き始めてた。

ピカピカとスロットの台が光っていてヨーロピアンの女性が喜んでいる、

町で見かけた事のある女性だ、クレジットがどんどん増え300を超えていく。

目が合うとその女性はニコッと素直に嬉しそうであった、きっとビギナーズラックだろう。

ん、BJ(ブラックジャック)の台か。。。

十枚くらいメダルを台に投入する、

「くそっ、」  13?16でHITするとブタ(BUST)になってしまう。

引きが悪いなぁ。。 また数枚、BJのマシンにメダルを流し入れる。

コンピューターの設定が高すぎる!一瞬で俺のメダルを半分以上マシンは飲み込んだ。

螺旋階段を登り、2Fを見る(やっぱりテーブルのフロアか。。)

階段はまだ上にも続いている、3Fは飯か。。

どうやらフリーで食べれるようだ。

ナンといくつかのカレーを味わうわけでもなく口に運ぶ。

螺旋階段を下りながら2Fのテーブルを見る、(そんなには人は居ないな。。)

ルーレットも見える。

だが、このカップに残ったメダルがまだある。

2Fを流し目に1Fに戻った。

よく見るとカウンターの横にバーカウンターがある、

「BEER、プリーズ!」頼んでみるとグラスかジョッキか聞いてきた。

ジョッキ片手に残りの十数枚のメダルを握り締め歩く、

チカが大好きなルーレットをしている、

心は2Fが気になっている。

結局さっき負けたBJの台に戻りメダルを使い果たした。

ん、ライ君が居る。

彼もまたメダルを使い果たし上を見据えていた。

俺「行く?」

ライ「うん」

一言で階段を登った。

そう人は多くはなかった、どうやらルーレットが人気があるようだ。

俺の知らないテーブルゲームが1番人気だが

流石にすぐに見て理解できるほど簡単なものではなさそうだ。(やはりBJだな。。)

チップに換えてくれるカウンターがある。

聞いてみるとチップ1枚200円かかる、

十枚で2000円だ!当たり前の金額ではあるが

1泊200円、1食100?200円ぐらいで生活している俺達にとって直ぐには出せず

俺「ちょっと様子みょっか。。」

ライ「うん」

一言でチップを買うのを諦めた。

チカのところに行くと調子は良さそうだった、クレジットは倍になっていた。

カジノを後にするとライ君が「ちょっと他のところも行ってみたいな」と言った。

もう1件確か近くにカジノがあるはずだ、「行くか!!」

若干ネオンが派手に見えてきた(なかなか良さそうだな。。)

入り口に人が多いな、、やはりサンダルを見てくる(あんまり芳しくないようだな。。)

何も止められる事無く中に入るとサリーを着た女性が挨拶してきた。

絨毯が足を深くに沈ませる。

ワンフロワー(1F)のカジノのようだ。

目の前にはテーブルが広がり、奥にはスロットマシンとレストランが見える。

客もさっきのカジノより入っていた。

スロットは人気が無く、誰もやっていない感じであった。

ん。。ルーレットのマシンがある。

既に座っているチカに聞いてみると、1000円(800ルピー)で50クレジットみたいだ。

どうやら5人まで座れるようだ(いくか。。)

800ルピーをスタッフに払う。

スタッフはクレジットを50にしてくれた(ゆっくりいくか)

スタッフにビールを頼むと、スタッフは横に首をかしげ、数分後ビールを運んできた。

まず1枚かけてみる。全然違う数字に白玉は入った。

正面のモニターにはみんなの賭けたのが一目で確認できる。

真ん中に座っているインテリな眼鏡チビが馬鹿みたいに賭けている。

頭はよさそうだが、ずるがしそうな感じの男だ。

白玉は眼鏡チビが賭けている数字に入った。

眼鏡は手を叩き大喜び、

携帯まで出して、何か話し始めた(きっと今日はついてるぜと言っているのだろう)

人が当たっているのを見ると、賭けてしまうのが性。

1枚ずつゆっくりが、いつのまにかに結構賭けだしてしまった。

眼鏡の調子は絶好調であった。

しまいに友達がルーレットに来ると、

財布からお金を渡し、友達に奢りはじめていた(くそーなんかこのチビ気にいらん!)

チカもまた、たまにガッツポーズをし調子が良さそうであった。

俺の方はそろそろクレジットがない

(くそ、無くなった。あと1回つぎ込むか。。)

800ルピーを手渡し、クレジットを50増やしてもらい、またビールを1杯頼む。

ライ君はもう既に3回店員を呼んでいた。

流れが変わった。

眼鏡チビの賭ける場所はことごとくハズレ、大もうけしていたクレジットは無くなってしまったようだ。

引き上げはあっさりであった。

もう1人の男は地道に3分の1(小1?12、中13?24、大25?36)に賭けていた。

1枚ずつ数字にかけつづけているのが相変わらずのチカである。

ニュージーランドのカジノで8時間も座り続けた女である。

1枚ずつの根気強い賭け方など、できやしなかった。

少しは粘るものの、結局クレジットは0になった。

ライ君もまた無くなってしまったようだ。

今日3000円も既に負けている。

起死回生の1発がほしいところである(いくか。。テーブルに。。)

ライ君と2人でチップに変え、BJのテーブルに座った(女か。。)

一瞬だった。

4連敗であっという間に2000円は飛んだ

5分持っただろうか。ライ君もまた一緒だった。

2人してあまりの速さに状況が飲み込めない状態だった(強すぎだろ。。)

チカの様子を見に行くと、勝っているようだった。

俺「ライ君、最後にもう1発いくか」

らい「おう」

最後に2千円分(チップ10枚)変え、BJのテーブルに再度座った。

ディーラーが居ない。

数分待つと、さっきと違う女ディーラーがやってきて、

カードを切り始めた(じれったい、今すぐ勝負したい!)

カードを切るのがやる気を感じられなかった(もっとやる気出せよ!!)

くそっ、早くしろよ!暇だなぁ。。

何故か写真を撮ろうと思い、ディーラーに聞いてみた。

ディーラー「no photo]

当然だ。

ん。。後ろから支配人らしきおっさんが、1$くれたら撮ってもいいぞと言って来た

(1ドルか。。まいっか)

1$を手渡し、カジノの風景を撮ろうとすると、ディーラーが

「no no!!」と言ってくる。

俺「え、今1ドル払ったじゃん。見てたっしょ?」

ディーラーは「誰に払ったのよ。知らない人に払っても写真は撮れないわ!」

さぁ、始めるわよ!!

(え、じゃ誰に俺は1$払ったんだ、、???)

困惑の中、BJやっても一瞬で負けてしまい、しょんぼりしてるところに

本物の支配人が1$を取り返してくれ、俺に1$を返してくれた。


カジノの外に出ると、

まだ明るく、夕日も染みてこない時間であった。



負けてから2日もしないうちにライ君が「引き下がれないな」と言った。

俺もだ。

ライ君も俺と同じくらいこないだやられている。

またATMに行くのか。

ネパールでATMにいくのは何故か屈辱感が沸いてくる。

普通の暮らしをしていたら、2,3万あれば、1ヶ月暮らせるんじゃないかと思う。

レベンジで同じカジノに行くことにした。

今日もそこそこ客はいる。

レストランは今日はビュッフェはやっていないようだ。

(やはり、とりあえずルーレットか)

パターン化しそうな予感である。

ビールを頼み、飲みながらベッドする。

(このマシーンには癖があるな)

若干であるが、マシーンに馴染んできたかもしれない。

1時間以上は持ったものの、しかしまだ勝つまでにはいかなかった。

ライ君は店員を4回も呼び、チカは今日も勝っていた。

ルーレットに1時間以上座れば十分だった。

(さて、やはりBJか。。)

BJのテーブルが見えると、かなり賑わっている。

(ん?!満席か。。)

ディーラーの顔は冴えない。

プレーヤーみんな景気は良さそうだ。

真ん中の席の髭のガタイの良い男が場を握っていた。

その男が「ピクチャー」と叫ぶと、ディラーの最後のカードは21を超え、豚(BUST)になるのだ。

引きもいいし、止めるところはしっかり止める

(なかなかやるな。よし、この男に賭けてみるか!!)

BJのテーブルでは、後ろにいるギャラリーがプレイヤーに託し賭けることができるのだ。

かなり昔の話だが、マカオのカジノで俺の1勝負に15万円分賭けてきたことがあったな。。

(その時は負けてしまったけど)

髭の男jは絶好調だった。

(よし!!きた!!!)

彼に賭けたのは正解だった。

持っているチップはすぐに倍になった。

ライ君もいつの間にかに髭にかけている。

(よし!!豚だ!!!)

いつの間にか俺達はひりついていた!

右側の2人組もいい。

髭の男が流れが悪いときは、2人組の1人の老人かもう1人の若者に賭けてみた。

好調だった。

もっているチップは3倍以上になっていた。

だがディーラーも意地があるようだ。

流れが変わると2人組の沢山あったチップはみるみるなくなった。

(引き際かもな。。)

髭の男のチップもかなり減ってきている。

(十分儲けさせてもらったな。。)

完全にディーラーの流れに俺は線を引いた。

ライ君のチップもまた倍以上になっていた。

らいくんは「勝負するわ!」と2人組の空いた席の1つに座った。

(こないだのぶんまで取り返すつもりだな)

勝負所はあった。  

ライ君が大きく賭けた時に21で分けて、次も更に大賭けで20でディーラーと分けた。

その後はみるみるうちにチップは無くなり、更に追加したチップも無くなった。

チカは今日も勝っていた。(すげーなこの女。。)

チカは「今日はご飯おごったるわ」と景気よく言った。

カトマンドゥの有名なステーキやで舌づつみした。

今日は勝ったとはいえ、まだ3000円も負けている。

まだまだ引き下がれる訳がなかった。






今夜はカトマンドゥ近くの村でムーンライトパーティーが行われるみたいだった。

だが、俺達のムーンライトパーティーはカジノで開催された。

夜に来るのも初めてだ。

客はかなり多くどのテーブルも人だかりになっていた。

ただサリーを着て挨拶だけをしている女性もたくさんいる。

(とりあえずルーレットだな。。)

ビールを頼むと店員は横に首をかしげた
(これを見ると本当に判ってんのかな?っていつも思ってしまう)

ルーレットには俺達のほかに2人既に座っていた。

1人はシークの男で髭があり、優しそうな人だ。

もう1人は片目がぶっ飛んでいて、多分薬かマリファナをしていると思う。

座ってすぐに気がついた。シークの男の賭け方だ。

(あ、あれはみっちゃん法則)

説明しよう。

みっちゃん法則とは(小 1?12  中  13?24  大 25?36)のうち2つに賭け、

66%の確率で当てようという、儲けは少ないが当たる確率は高いという法則である。

よく横に座るみっちゃんが「なべちゃん、66%の確率なら当たっちゃうよね」と言っていた。

そもそもみっちゃんと言う男は生粋のギャンブラーで1日に20万負けて、

次の日に20万勝つという変態なギャンブラーである。

(よし、今日はみっちゃん法則でいくか。。。)

66%の確率とはいえ、真剣に流れを読み、賭けなければならない。

(よし、今日は来てるぞ)

冴えにさえ、クレジットは倍になっていた。

ライ君は今日も何度も店員を呼び、調子は良くなさそうだ。

めずらしくチカも今日は調子が悪い。

初めて店員を呼び、クレジットを追加していた。

相変わらず調子は良かった。

みっちゃん法則を少し改良し、「新みっちゃん法則!」まで完成するほどの勢いであった。

そんな中ライ君が「BJで勝負するわ」と言い、去って行った。

そのちょっと寂しい背中を見つめていたら、俺もBJで勝負したくなってしまった。

みっちゃん法則でコツコツ貯めた倍以上あるクレジットを適当に数字に大賭けをした。

そう簡単に当たるわけが無い。

(今日は新みっちゃん法則を完成しただけで収穫はあったな。。)

5分もしないでライ君の後を追った。

BJのテーブルに着くと、ライ君以外誰もいない。

支配人に声をかけると、数分待ってくれと言う。

ディーラーのいないテーブルに座り待った。

30分が経った。

ネパール人も1人待っている。

(いつまで待たせるつもりだ)

苛立ちが募る。

俺  「飯でも食べるか」

ライ 「おぉ」

ダルバートを胃に流し込み、10分もしないで席に戻っても、まだディーラーがいない。

気合を抜かない為にも、チップを更に手に入れ、臨戦態勢でテーブルで待った。

それからさらに30分待った。

夜の10時。

なるほどと思った。

夜勤のディーラー達が数人並んで歩いてきて、各テーブルに配置されている。

(おせーよ。。)

1時間以上も待ってしまったら、さすがに気持ちは萎えた。

それでも既に負けている俺達は引き下がれない。

怒りを勝負にぶつけるしかなかった。

おかめ納豆のようなディーラーはカードを扱うのが下手で、更に俺達の冷静さを欠けさせた。

そして4000円分のチップは水の泡となった。


カジノを出た、

月が丸い。

こんな深夜に歩くのは初めてである。

「もう、このカジノは駄目だな。。。。」

と呟いた。

チカもまたルーレットを続けていると、

店員が空いてる席のクレジットを増やし遊び賭けるという暴挙をしたらしい。

3人同じ気持ちだった。

もうここのカジノはこないなと決めた。

カトマンドゥに来てからというもの、至福を肥やしすぎていた。

最後のカジノから3日後にはエベレストに向け、トレッキングをしていた。

想像を絶するほどのきつさに根を揚げそうであった。

トレッキング2日目にし

俺  「帰ったら速攻カジノ行く?」

ライ 「ハイアットホテルにする?」

俺  「ナメリカン(アメリカンホテル)か?」

チカ 「やっぱ、ハイアットかなぁ」

そんな会話をしている。

まだまだネパールのカジノ物語は続きそうである。

                                          
           完。

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2009-12-30

ネパール生活編 4

あっ!   停電だ!!

レストランの全部の明かりが消えた。

そう、ネパールでは毎日の停電の時間である。

曜日で停電の時間は決まっているらしいが、まったく知らないで生活していた。

店員がテーブルに乗ってるロウソクに火を付けた。

ついついローソクの火に目を奪われてしまう。

このローソクの時間は嫌いではなかった。

宿に戻ると10メートル間隔くらいにローソクがいつも置いてあり、

3Fの俺達の部屋までローソクの火伝いに歩いていく。

部屋に入ったらとりあえず火をつけなければいけない。

そんな日課であったが、停電すると「おっ、きたな。」と意外と好きになっていた。

今、住んでいる3Fには屋上がある変わった造りの宿であった。

その屋上の広さが気に入ってこの宿に決めたのだ。

ポイをするのに最適な場所なのだ。

ポイが伸びている。

上手くなってる喜びを最近感じる。

ライ君の影響も大である、やはりライバルが近くに居るというのはいい。

そろそろ次の段階に進む時が近い。

ネパールにきて、ポイが凄く楽しくなってきていた。

そして、ついに噂に聞いていたアレに行かなければならない。

そう、カジノ。。

オーストラリアで寝ないでカジノに行っていたあの感動が蘇るのか、ここネパールで?!

2009-12-29

ネパール生活編 3

おっ!!

チャイ屋子供が見える、もう1つのチャイ屋に今、正に向かっている。

もう1つのチャイ屋は子供だけで経営をしているチャイ屋であった。

たまたま客よせに捕まり入った路地裏の服屋の向かいにあり、

普段なら絶対に入っては来ない場所であった。

どうして子供だけでやっているのか疑問に持った事などなかった。

店はちゃんと機能していてしっかりと生きている、仕事をしている子供達であった。

小さい子は6歳位だろうか、電話が鳴っては出前に出掛ける忙しさである。

チャイをグラグラと煮込みまくってる多分長男。

18歳位だろうか、リーダー的存在で仕事をきっちりしている。

4,5人の子供達で朝から晩まで学校も行かずチャイを売っている。

頑張っている子供達であった。

そこのチャイ屋の作り方はとにかく暇さえあればチャイを煮込んでいるスタイルであった。

座って1分もしないでチャイが出てくる。

1口飲み始めた辺りでもう次のチャイを煮込み始めている。

電話もよく鳴るし、お客も結構来る。

商売繁盛でチャイは飛ぶように売れる感じであった。

しかし、チャイ1杯が12円。

なかなか商売は大変である。

夕方に行った時にちょうど晩御飯だろうか、

仕事の合間に順番で子供達がご飯を食べていた。

子供であるが、どこか大人のように一仕事終えて飯を食ってるように見えた。

そんな光景の中飲むチャイはまた美味しいのであった。。

2009-12-29

ネパール生活編 2

ネパールでの生活で欠かせないのがチャイである。

そこら辺の裏路地に入ったりすると、(お、こんな所にもチャイ屋か。。)

町中にチャイ屋があるのだ。

色んなチャイ屋に行き、自分達のチャイ屋を決めるのだ。

そんな中、俺達のチャイ屋が決まった。

変わった小屋のようなチャイ屋で、レンガ作りであり床もガタガタなレンガである。

地面にチャイを置くと斜めになる。

道路側が鉄格子になっている為

通る人達が中からは丸見えなのだが外からは暗い為かあまりみえなそうである。

お父さんがチャイを作っていたり、お母さんだったり娘が作っていたりする。

「カシャカシャ、、」とガソリンバーナーのノズルをピストン運動をさせ

火を強くしミルクを沸騰させその中に茶っ葉を投げ込み砂糖も投げ込む。

(こんなに煮込むのか。。。)

想像以上にグラグラと煮込むのだ。

そして網にチャイを通し、グラスに注ぎ込む。

うまい!

お父さんの味は最高である。

後で分かったのは、作り手で味が変わってくるということだ。

お父さんの味とお母さんの味でも若干の味の違いがあるのだ。

シナモンやジンジャー(生姜)の量、砂糖の量でも味は変わってくる。

まぁ、誰が作っても美味しいのだが。

ある日ふと気がついたのだが、スズメがたまにチャイ屋の中に入ってくるのだが、

チャイ屋の中の隅に祀られている赤鬼の口にキスをしている風に見えた。

(いや、違う! 何かを食べている!!)

赤鬼の口に小麦粉を捏ねたものが付いていた。

たまにお母さんが赤鬼の横にある鈴を鳴らし御香を立てる。

(朝一番できっと口に付けるのだろうな。。)

そんな光景の中に飲むチャイがまた美味しいのだった。。

2009-12-29

ネパールの生活編 1

久し振りの新しい国、ネパールの生活にも馴染み始めていた。

いつ歩いてもカトマンドゥ(ネパールの首都)の町は

お祭りのような七夕のような飾りが賑やかな町である。

ネパール人は明るくよく話し掛けてくるのだ。

「友達、お店を見ていかない?」 「元気?」 「日本人ですか?」

とにかく話し掛けてくる。 町がゴミゴミしているから人と距離が近い。

トレッキングの誘いから悪い誘いまで様々である。

そんな中、毎日欠かさず話しかけてくる人と仲良くなっていくのだ。

俺が仲良くなったのは最初の宿を紹介してくれた佐藤浩市似の男だ。

佐藤浩市を情けなくした感じで、

毎日会えば「おー友達!トレッキング行かないのか?」と言ってくる

悪い奴じゃない。

(んん?っていうか。。浩市。。おまえその腹でトレッキング出来るのか??)

そう頭で思いながら適当に誤魔化す。

浩市はちょっとしょんぼりして去っていくのだ。

カトマンドゥは広いようで狭い町に思えてくる町であった。

佐藤浩市がいつも居る辺りを通れば浩市に会ってこんな会話をするのだ。

ライ君もまた友達ができていた。

木で作ったバイオリンみたいな楽器を奏でる友達だ。

その音色はいつ聞いても素敵である。

数日経つとライ君の持つ腕時計に友達は興味を示し始め

何故か2人はいつか物々交換の約束をしていた。

ライ君はその友達がいつも居る辺りを通ると「友達居るかな。。」

と呟くようになり、いつしか俺も浩市やライ君の友達も気になる生活になっていた。。

2009-12-11

チベット?ネパール抜け編 2

(はぁ??! この極寒の中,朝から歩くって?!)

車が調子悪いからだと言う。

確かにそれは知っている、今日チェックインが遅れて物置のような部屋になったのも車のせいである。

こんな息も薄い中、2時間も歩けるのだろうか、それよりも想像以上に寒むすぎた。

ガイドと口論になった、今回はツアーである、お金も相当出しているからだ。

愚痴もこぼれた。

そんな時に、よこしま君が「こんな時こそ楽しみましょうよ!! せっかく来てるんで。」と言った。

はっ、とさせられた。

1番最初によこしま君を誘った理由が、何があっても笑える人がいいなーという人に見えたからであった。

その時に本当によこしま君を誘って良かったと思った。

冷静を取り戻し、話しあった結果、車が調子悪くても車でエベレストBCに向うことになった。

夜、俺とヨッキー(よこしま君)が頭が痛くなり始めた、高山病である。

薬を飲んで寝たら症状は酷くはならなかった。

翌朝、極寒の中、目が覚めた。

車に向かうと(ん。。。 パ!パンクしてる!!)

2回目である、換えるスペアータイヤもすでに使っている。

(まさかこの極寒の中歩く羽目になるのか?!)

運転手が他のランクルの運転手と交渉している、(頼むで!)

なんとかスペアータイヤを貰えたみたいだ、タイヤを換えエベレストBCに向かった。

車の調子は昨日とはうって変わって調子が良く、エベレストBCにあっさりと着いた。

風が強かった、強いってものじゃない、突風だ!!

ゲートの人は小さな丘を指差し

「あの丘の先にはいっちゃ駄目だよ!!」と真剣に言ってくる。

その丘に向かって歩き始めた。

寒い、こんな寒い世界なのか! 5200?の世界は今まで味わったことのない寒さであった。

痛く寒い、風が台風のようだ。

4人で丘に着くとエベレストが目の前に広がったが、寒むすぎて全然ゆっくり見れる状態ではない。

なんとか、1枚だけ写真を撮り(寒すぎて1枚が限界)戻ろうとした時

皆の鼻水が何?も伸びてることに気がついた。

鼻水があと少しで凍りそうなそんな世界だった。

エベレストに1番近い場所なのに全然見ることできなかったな。。

トレッキングでみれるだろう、きっと。。。

エベレストBCを見終えた俺達は中国の国境へ。

道は山道を通った。

落ちたら死ぬ。

ガードレールがない山道を通った。

モンゴルで会ったレイ君が言っていた。

「俺の友達がチベット抜けで山賊に会って殺されたんですよ」

車が山道落ちたらしいよという噂もよく聞いていた。

実際に通ってみると落ちたら100%助からない、そんな山道を通る。

こっちの運転手はよく追い抜かす、前に遅い車がいたら絶対に追い抜かすのだ。

ガードレールがたまにあって大破されているのもあった。

その大破されている先は100?以上も真下の川であった。

(噂は本当だ。。落ちてる、間違いなく。。。。)

旅をしていて命をかける時がある。

そんな時俺達は自分達の運の強さを信じて突き進む。

そうしてる。

運がいいから何もなく旅が続くのである。

国境で運転手とガイドに 別れを告げネパールに駒を進めた。

そう、もちろん俺達の旅はまだまだ続くのだ。

2009-12-07

チベット?ネパール抜け編 1

今日からランクルでチベットからネパールまで山々を越えていく。

4000メートル以上の山々である。

運転手は名前も知らないがずーっと何かをガイドにしゃべっていて、陽気な人である。

さすがは中国。アスファルトがどこまでも不毛の地まで敷いてあった。

景色はずっと山々に囲まれていた。

ガイドさんが登っていくよ、と言った。

4000メートルを超えてくると、呼吸が少し荒れてくる。

たまに深く大きく吸わないと息苦しい。

途中湖や5000メートル以上の山々に立ち寄ったりした。

道は牛や羊が出てきたり、ヒッチハイクをしているチベタンもいた。

畑も多く、馬が畑を耕す姿も見えた。

水さえあればどこでも生活している人達は居る。

ネパールに抜ける途中に立ち寄る所の目玉はエベレストBC(ベースキャンプ)だった。

世界の屋根、ヒマラヤ山脈とはどんなものなんだろう。。

興味深々で、楽しみであった。

エベレストBCにアクセスできる町で入場券を買い、エベレストBCへ向かった。

道はすぐにダートになり、ゲートでパスポートとパーミットを見せ、進んだ。

こんな地にも人が住んでいる。

4000?を超えると景色全部が岩だらけである。

石で積み上げられた家が見える。

隙間だらけで、とても住むには寒そうだ。。

プシュルルル変な音がした。パンクだ。外に出ると、ベッコリとタイヤがへこんでいた。

風が強く寒い。どこからか子供達がやって来て、ただ見ている。

その子供達の汚さはカンボジアの子供に勝るぐらいだった。

パンクが直り、ダートをどんどん登って行く。

空気が少ない。うとうとしてきた。

そんな時、車が急に止まった。

ドライバーがボンネットを開け、直し始めた。

その後も何度も何度も止まり、ドライバーは直す時に怪我をしたらしく、指から血が出ていた。

原因は標高が高い為か、空気が少なく走らないのだ。

やっとヒマラヤを一望できるところに辿り着いた。

そこで、松藩、成都で会ったスペイン人と偶然再会した。

車は調子悪いながらもエベレストBCに向かった。

小さな町を素通りしていくと、車に石を投げられたりした。

こんな辺鄙な場所に住む人達の気持ちはわからない。

エベレストBCの高さは5000メートル以上。

車は更に何度も何度も止まり、その間隔は短くなっていき、焦り始めてきた。

向こうに見えるヒマラヤ山脈の色は、さっきまでピンク色に染まっていたが、今は暗くなり始めている。

陽は沈んでしまっていた。

ヘロヘロ状態の車と共になんとかエベレストBC近くの宿に辿りついた。

その宿の部屋は物置のような部屋で、ベッドがただ4つ所狭しと置いてあるだけだった。

しかも値段が1000円という高さで、この寒さとこの辺境の場所では値引きも通用せず、強気の態度には少し腹がたった。

物凄く寒かった。

更にガイドは明日の朝歩いて2時間エベレストBCへ行こうと言い出すのだった。。。

2009-12-07

神の国 チベット編 3

ザザッザザッ。何かを掃く音で目が覚めた。

6時半くらいかなと時計に目をやると、6時35分であった。

移動日は最近は決まって目覚ましがなる前に目が覚めていた。

まだ外は暗いのに、街は動いていた。ビンを運ぶ音やバスの走る音、クラクション、生活の音だ。

ランクルはポタラ宮殿の正面を通っていった、

(今日も五体投地してるな!!!)

車の窓からポタラ宮殿とチベタンの人々を眺めながら横を通った。

振り返り、まだ見続けた。。。

またこの特別な場所に来たい!!

俺のチベットは始まったばかりだ!

絶対にまた戻ってくるぞ。。。

チベットに来ていない人は絶対に来て欲しい。

皆それぞれの神の国チベットを始めてもらいたい、そう願う。

2009-12-07

神の国 チベット編 2

ポタラ宮殿で見た光景はいつまでも脳裏に残っていた、

(暫くは忘れれないだろう。。。)

興奮冷めやらぬ中、セラ寺に観光しにいった。

セラ寺の入り口を通ると、ヨーロッパの町並みを歩いているような気持ちであった。

チベット特有の建物はかわいく味がある。

窓の外に布がはってあるのだ。

セラ寺の前には五体投地をしている人達もいる。

中に入ると神聖な空気を感じた。

ヤクのバターでロウソクの火がつけられ、外からの陽射しがロウソクの煙を映し出す。

びっしりとあるドアの中には箱にしまってあるお経が山積になっている。

窓の隙間にお金が挟まっている。順路を進むと何かが奉られている場所があった。

何かが奉られているようだった。皆順番に穴に頭を入れている。

どうやら健康に効くようだった。

セラ寺を出ると、何やら3時から始まるみたいだ。

赤い布をまとった僧たちが集まってくる。

50人はいるだろうか、皆2人組に別れる。

1人は座っていて、1人はその座っている人に何かを問いかけている。

人によってはパンと手を叩き、相手を指差し、問いかけている。

座っている方はたまに答えたり、無視したり笑ったり、人によって全然違ってくる。

熱が入ってきた、立っている方は何回も手を叩き、指差し、問いかけ追い込む。

座っている方も熱が入り、その勢いに負けじと言い返す。

(これはいったいなんなんだろう、修行なのか!?)

訳も解らぬ問答修行を15分程みて帰ってきた。

その後、買い物に出掛けるとチベット特有のお土産を買い捲ってしまった。

きりが無く欲しくなる物が出てくるのだ。

そこにチベットに嵌ってる自分がいた。。。

2009-12-07

神の国 チベット編 1

チベット行きの天空列車は酸素が保たれている電車であり

5000?を超える山々をチベットに向けて駆け抜けるのだ。

2泊3日もかかるが、1等寝台だった為、超快適であった。

快適すぎて、しまいには深夜2時過ぎまでゲーム(桃鉄)をしていたら

退屈もせずにチベットに着いてしまった。

山々に囲まれた駅だった。

ラサ(チベットの首都)の駅は新しく、電車が開通してから3年目でこの新しさは不釣合いな感がある。

駅を出ると、ガイドさんが迎えに来ていて、白い巻物を首に掛けてきて「ようこそチベットへ」と言った。

(あーこれはツアーなのだな。。。)

と思わせ、いつもとは違う。

車に乗せられ、宿に向かう。

町並みは少し都会でこれ以上は発展して欲しくないなというレベルで、古びた建物は味があった。

マニ車を回しているおばあちゃんを車から発見した!(チベットにきたなぁ。。)

もう時間は夕方。

近くのチベットレストランに入り、ヤクの炒め物や、バター茶(ヤクのバターミルクティ)を食べた。

バター茶は癖があるもの、モンゴルのミルクティーに似ていた。

ヤク肉はおいしい。若干の臭さはあるもののバクバク食べれた。

ラサは標高が3500メートル近くある為、少しの階段で息が上がった。

太陽が近いからか光がまぶしく、目が今日は疲れたみたいだ。

チベタンのほっぺは赤黒く焼けているな。。

小さな子供がお母さんやお婆ちゃんと手を繋いでるのが微笑ましく印象的な1日だった。

予定ではポタラ宮殿には行かないことになっていたが、チベットに来て気がすぐに変わった。

その為には前日に入場券を買いに行かなければならなかった。

歩いて向かうと、ポタラ宮殿が見えてきた。

思ったよりもでかく、高い場所に建っている。

小さい山を削り、建てられたのだろう。

入場券を取ってくると、ガイドがいなくなり、1時間後の待ち合わせとなった。

それにしても凄い人の多さである。

マニ車を手に持ち、回している人達ばかりである。

ポタラ宮殿周りにある壁のマニ車を回しに来ているのである。

きっとそれが日課なのだろう。

人の流れの逆を歩きポタラ宮殿の正面辺りだった。

鳥肌が立った。

ポタラ宮殿に向かって、ずらーっと五体投地している人達がいた。

手を合わせ、天に上げ、胸に手がいき、両膝をつき、両手をつき、額を地面につけ、

ズズズっと地面をこする音をたて

全身を地に捧げるその姿は凄さましいかった。

人によって違う、人それぞれ全身全霊でポタラ宮殿に向かい、五体投地をしている。

言葉が出なかった。

チベット仏教は全く知らないけど、その信仰心は想像を絶するものだと判った。

中には2.3歩歩いては五体投地をしている人もいるではないか。

その姿はポロポロで、噂に聞く、何千キロも遠い場所からこのチベットまでやってくる人は本当にいる。

一生に一度は遠くに住む人はチベットに来て、ポタラ宮殿やジョカン寺を目指すのだ。(すごい!)

荷物などない。他のチベタンがたまにそのやってきた人にお金を渡す。

これはありだと思った、物乞いにお金はやらないが、何の気兼ねなく気持ちあげた。

凄ざましい世界だった。

チベットとは凄い場所だった。

本当にきて良かったと、心からそう思えた。

2009-12-07

成都編 最終章 

果たして「よこしま」君は居るのだろうか、

成都に近づくにつれて俺達は「よこしま」熱が強まった。

彼もまたツアーは高いし抜けれるものなら闇を目指してた。

居なかったら縁が無いのだろうなと諦めるしかないなと皆で言った。

成都に着き、シムズに行くと「よこしま」君は待っていてくれた。

九塞溝に行く前に「よこしま」君に「もしチベットにツアーになったら一緒に行こうよ」

と中途半端に言っていた、メールも教えず、いつ帰ってくるかも教えず、

はっきり言って「よこしま」君から見たら凄くいい加減な連中に見えたに違いない。

シムズのマキさんにチベットのツアーについて相談すると

日程的(7泊8日)に明後日にでも出ないとネパールに抜けれない事を知った。

ビザが皆もう切れるからだ、選択の余地が無かった。

お金は掛かるが4人でチベット越えでネパールに行くことが決定した。

次の日、マキさんと自転車に乗って歯医者に付き合ってもらった。

本当に忙しいのにマキさんは優しく最後まで付き添ってくれたのだ。

治療費は600円ぐらいでモンゴルで取れた銀歯が復活した!

シムズの宿は沢山いた日本人も少なくなってきていた、シーズンオフも近い。

マキさんも落ち着いたら家族で旅行に行くと言っていた。

中国料理も別れが近い、本当に美味い。

1ヶ月以上居て飽きること無かったな。。

でも2年前に行けなかったチベットがとうとう近くなった。

俺のチベットの歴史が始まろうとしていた。

2009-12-07

黄龍編

雲海が目の前に広がった、山々の間をバスが走っていく。

日はまだ登ってはいない、雲海は薄暗く自分達の下に漂っていた。

山には雪がいっぱい積もっていた。(ギリギリ間に合ったな。。)

やはり黄龍の閉まる時期が近い。

木でできた道を歩いて黄龍(ホワンロン)を登っていった。

空気が薄い、息が上がる。

よく見ると木の道にうっすらと雪が被っている。

転んでは危ない、慎重に歩いた。

(ん、酸素を貰えるスペースがある)

そいえば、ベッキーがテレビで酸素補給しながら黄龍を登っていたな。。

どうやらストロー代を払うと好きなだけ吸えるようだ。

「すぅっぅぅーー」  あんまり変わんないな。。

すぐに息は登ると切れて意味があったかは謎であった。

いくつもの湖を越え、棚田の湖が広がった。

鮮やかな水色の湖が段々に広がっている(綺麗だな?!!!)

九塞溝も黄龍もどちらも凹凸つけがたいほど良い。

ちょうど、不思議発見のテレビクルーが黄龍の不思議について来ている。

(あの摩訶不思議な水色の湖に違いないな。。)

お、ちょうどレポーターのお姉さんが休憩してるな、、

俺「すいません、何の不思議で撮ってるんですか??」

レポーター「いや、、ちょっと秘密なんで。。。」

レポーター「テレビ見てもらったらわかるんで。。」

俺「いや、暫くは日本に帰る事ないんで見れないんで知りたいんですよ!」

レポーター「いや、、でも、秘密なんで。。。。」

日本で見たら綺麗な女性かもしれないが、御面のように塗りだくった化粧は久し振りに見た気がした。

ま、どうでもいいや。

摩訶不思議な気持ちで見て帰るのも一興。

黄龍を見終えた俺達はチベットの事を考え始めた。

シムズコージーGHには沢山の日本人がいた、その中で際立っていた男、

その名は「よこしま」という男。

初めは「セイジといいます」とあいさつしてきた、喋る声がおかしい、変である。

顔がでかい、落ち武者のような風貌である。

よくよく話すと「僕の苗字ってひどいんですよ!!」と言うもんだから、聞いてみると

苗字は「よこしま」という。

その時から俺達は「よこしま」と呼んでいる。

彼もまたチベットを目指していた。

彼に会ってすぐにチカが突然、「よこしま君いいよね、彼をチベット誘おうよ」と言い出した。

ライ君も「よこしまって名前がいいよね」と言っていた。

俺は最初はアホそうに思え大丈夫かなと思った、正直な気持ちだ。

だが、ずっと先になるが俺が死にかけた時に助けてくれた大切な友達になっていくのだった。

最近はチベットの事も良く話している、闇(パーミット無し)で抜ける時代は終わりかけている。

パーミット(外国人許可書)を取るためにはツアーを組まなければならない。

ツアーは4人が最大で1番安くなるのだ。

成都に帰ったら「よこしま」君を誘ってチベットに行くのが有力となっていた。

2009-12-07

松藩編

棚田の綺麗な湖が九塞溝にあると思っていたが、

九塞溝の近くにある黄龍(ホワンロン)にあるみたいで、近くの松播(ソンパン)という町に移動した。

松播は城下町のようで城壁に囲まれた小さな町であった。

屋根の瓦の色が黒と白で統一されている。

ちょうど、結婚式がを終えた車が通り、爆竹がパンパンと小さな町に響いていた。

鍛冶屋が包丁をカンカンと叩いていたり炭が山盛りで売られていたり

普段見れない街中の風景であった。

この周りに囲む山々に馬でトレッキングができるみたいだ、

さっそく聞きに行くと1日?3日のコースが選べるいだが

チベットの事も控えているし、日帰りのトレッキングに行く事にした。

チベットの事とは俺達のビザ(中国滞在ビザ)も、あと少しで切れる為

チベットに行くか行かないか、はっきりさせなければならない。

松播の馬はそれは賢く乗りやすかった、馬一頭が歩くのがやっとの山道を通ったり

崖を通ったりハラハラする道があり、山上辺りにから見下ろすと取り囲む山々がでかすぎて

松播の町を小さくみせた。

一つ山を越えて寺に着き、寺のマニ車を回し願い事を叶えた、

馬に乗るとモンゴルを思い出してしまう、願い事は隕石が欲しいと何故か願っていた。

本当に小さな町だった、豆腐屋が自転車の後ろのベニヤ板に豆腐を並べ俺達を追い抜かしていく。

飯を食べ終えた俺達をすれ違う豆腐屋のベニヤ板にさっきまでズラッと並んでた豆腐は1つもなく

おっちゃんの漕ぎ足は軽やかだった。

その日の夜は結婚式があったからか、小さな町に小さな花火が上がった。

2009-12-07

九塞溝編

シムズコージーで偶然会ったナオ君まりちゃんカップル。

俺達のオーストラリアにいる友達の友達だったらしく!すぐに仲良くなった

たまにこういった偶然があると世界は狭いと感じるなぁ。

類は友を呼ぶ、仲良くなる友達は似ているのかもしれない。

予定通りにライ君は成都にやってきた。

空港に迎えに行って再会を果たした、ドラクエで仲間が増えた感覚に似ている。

行き付けの中華料理、名店坦坦麺、自信を持って一緒に行ける四川料理。

最近、マッサージもいい。

1時間300円くらいでモミっぱなし、だいぶ旅の疲れも癒してきた。

でもゆっくりもできなかった。

雪の情報があった為、九塞溝にライ君と合流して数日で即向かうこととなった。

九塞溝までの道はそれは悪路だった、

四川地震の傷跡が今もまだ残っている。

橋は全壊、トンネルは潰れ、道の片車線になってる所では土砂崩れを復旧活動をしている。

(復旧までは暫くかかるだろうな。。)

バスが跳ねる、こんな状況でも関係なくバスは九塞溝に向かう、

さすがは中国と思ってしまう。

朝から走り続けたバスは夜に着き、九塞溝は雨だった。(明日は晴れてくれよ!)

朝6時半から行動を開始した。

雨は止んでいたが山にかかる雲は低く天気はすぐにでも変わりそうだ。

さて、学生証の登場だ。

実は成都にいる時に四川大学の学生証を闇で作ってもらっていた。

入場料が学割で安くなるのか?!使えるらしいという噂なのだ。

噂だけでは正直ちょっと見せる時に尻込みしてしまう、

パッと見せ、お金を払おうとすると

「ちゃんと見せて!!」と

だが、なんの問題なく学割価格で九塞溝に入ることができた。(学割でも結構高い)

バスに乗りどんどん登っていくとチラッと景色が見える、

青い!!! 湖が遠くからでも青さが確認できた。

バスを降りると衣装屋が群がってくる、

ライ君が捕まり衣装を着て雪山をバックに写真を撮っている。

おばちゃんが王族のような衣装をライ君から返してもらいざま俺に「どう??試さない???」

と言ってくる、正に5秒前にライ君が20元を払っていたが、「10元ならいいよ!」と言うと

即、「OKOK!!」 

ライ君はボソッと「お、俺、、20元払ったのに。。。」と呟いた横で写真を撮った。

湖はディープグリーンからスカイブルーまで色の深さが違う。

九塞溝の湖は所々で色が全然違いバスクリンを使っている様に鮮やかである。
(本当にすごい綺麗だけど、、不思議だなー。。)

この摩訶不思議な青い湖は俺の世界10選にノミネートされた。
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