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2010-03-27

インド スジャータ村 編

ブッタガヤの町の近くに歩いて行ける村にタケノリカップルと訪れた。

村の名前はスジャータ。

ついついスジャータ(CM)を歌いながら歩いていた。

のどかな風景がひろがった。
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タケノリと知り合いのインド人がその村を案内してくれた。

そのインド人は校長先生らしく、彼が作った学校に尋ねる事となった。

(ん、こんな瓦礫の建物に学校なんてあるのかな??)

6畳くらいの部屋に30人くらいぎゅうぎゅうに生徒が熱心に勉強していた。
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校長先生が何か授業をしてくれないか?と言うので俺達は順番に先生になった。

俺は日本語の挨拶を教えてチカは蛙の歌を皆で歌った。

タケシ君は生徒に将来どんな仕事がしたいのかと全員に聞いた。

恥ずかしそうにそろっと立っていう子供もいれば、自信強く言う子供もいた。

警察になりたい、村長になりたい、ムービースターになりたいと夢を子供達は語った。

目が輝いていた。

授業が終わり、校長先生は隣の村に花焼酎が有名だと更に案内してくれた。

田んぼの土手を歩き大きな木があった。
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農作業をしていたインド人が声をかけてきて、
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そのインド人が花焼酎を飲ませてくれるという。
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隣村に着き花焼酎をいただこうとすると、子供達が群がり俺達を見に来た。

お金をくれとかチョコレートをくれとか言ってくる。

おお!農作業のおっちゃんが石を持ってその子供達を追い払っている!!

子供達は「きゃー」と笑って逃げていったが、おっちゃんは本気だった。

花焼酎の味はまぁまぁだったかな。

その村では子供達が凧を上げていたり、手作りで弓を作ったりして遊んでいた。

校長先生が言った。

校長先生「さっき見た学校の子供達も学校が無かった時はこの村の子供と一緒だったんだよ」

更に続けた。

校長先生「この村にも学校を作れば子供達も夢を語り、物乞いとかしなくなるんだよね」

校長先生の次の目標は2つ目の学校を作る事だった。

学校で会った子供達は挨拶もできて目が輝いていた。

それを語る校長先生の目もまた輝いていた。

校長先生は近い内に日本人と結婚する。

こんなインド人もいるんだなと感心し、頑張ってほしいと心から願う。

俺達は何もできないけど、子供達にボールペンを買ってあげてねと気持ち校長先生に渡した。

少しづつだけど、知らないところでインドも変わりつつあるのかもしれない。
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2010-03-27

インド ブッタガヤ編

体調も治ってきて俺達もインドを流れる事にした。

(コルカタ滞在の半分はベットの上だったな。。)

西に流れていく事にした、

ブッタが悟りを開いた場所、ブッタガヤに向かった。

列車が着いたのが早朝5時ぐらいであった。

どんなに早くても客引きのドライバーがやってくるから頑張ってるなと思う。

オートリクシャーでブッタガヤに着くと、

朝早くから巡礼する人達がゾロゾロと歩いていて異様な雰囲気を感じた。

町は朝6時くらいから7時くらいまで町中にコーラン(お祈りのお経)が流れていた。

毎朝その音で少し起きてしまうが、

ここは聖地ブッタガヤなんだと少し思い、2度寝する。

そんな生活になっていくのであった。

最近ブッタガヤにダライラマが来ていたらしくブッタガヤはチベット僧が溢れていた。
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ブッタが悟りを得た場所には菩提樹と大きな寺院があり、

そこではたくさんのチベット僧が五体投地をしていた。

時を越えて、今でも信仰の力は息吹いているなとそう感じた。

俺にはまったく宗教など信仰など無い人間だから客観的に凄いなとしか思わないかな。

ブッタガヤにある日本寺で座禅を組めるらしい。

尋ねてみると朝と夕方に無料で参加できるというのだ、

早速、夕方に参加する事にした。

30分お経をあげ、15分座禅を組んだ。

座禅をしている時だった、(寺の中に鳥が飛んでる!)

静寂の中、鳥が飛び回り、久し振りにピンとした空気を味わった。

その日本寺に図書館があると聞き、そこで1冊の漫画を手にした。(少しだけ漫画がある。)

プリズンINプノンペンという漫画だった。

作者がプノンペン(カンボジアの首都)の牢屋に無実で半年容れられるという物語で、

容れられるまでと牢獄中と出てからのストーリーが1冊完結されている漫画であった。

物語の最後には涙がでた。

最近涙腺が弱ってきたのかな?是非読んでもらいたい1冊である。

日本寺の帰りに寄ったレストランのメニューに日本食があった。

(親子丼か。。100円ちょいか、久し振りに頼んでみようか。。)

ネパールで倒れて入院した以来でちょっと注文するのに勇気がいる。

親子丼がやってきた。

(んんん??ん?????こ、これって???)

俺「これ親子丼??」

店員「そうだよ!!これが親子丼!!!」

自信たっぷりに言ってるけど、、、これって。。。

おじやに溶き卵と鶏肉が入ってるだけじゃん!
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しかも味は塩と胡椒だけで開き直り笑いながら親子丼を食べた。

2010-03-27

インド コルカタ編 2

俺の腸は働いてるのだろうか?!

回数は普通だけど、下痢がもう何ヶ月も続いてるな。。

コルカタにはでかい公園があるらしくポイを回しにその公園に向かった。
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公園はそれは広く、

(こんな広いのはオーストラリア以来だな!)

オーストラリアの公園を思い出した。

クリケットの試合をしていたり、何故か羊や山羊を放牧している人もいた。

公園で生活している人達もいるようだ。

今日は本当に天気もよくポイ日和であった。

初めて見るポイやアンプにもインド人は興味があるらしく話し掛けてきた。

引切り無しに色々な人が話し掛けてくるから落ち着けて回すのは厳しい。

暑くなってきている、久し振りにこんなに汗かいて水をがぶ飲みした。

今まで冬を追いかけてきて旅流れてきたが、

とうとう夏が、灼熱のインドの予感がしてきた。

今夜は古典音楽祭の最終日。

夜通し行われるのだ、フルートのインドの第一人者が演奏する為、会場は満席であった。

シタールやタブラ(太鼓)や歌など色々な演奏を聴いた。

メインのフルートの音色は美しく良かった、

が、正直インドの古典音楽に興味は沸かなかったかな。

そのフルートの演奏者より友達のヒデ君のフルス(中国笛)の方が断然好きだったな。

ポイも音楽も好みがある、俺らしいポイを回して好かれたら最高だと、それを目指したいな。

朝早く音楽祭から帰ってきて俺達は眠りについた。。。

。。

目が覚めると調子が悪い、いや、、フラフラする。

(熱かも。。。)

何かに当たった。

何に当たったかなんて屋台ばっかり食べてるし判らない。

便は水。

4日間ベットから動けなかった。

窓から見る景色はいつも同じで、たまに微かに見える上空を飛ぶ飛行機をみて

当たり前だけど(インドでも飛行機飛んでら。。)そう思った。
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4日間の間、いっぱい友達がお見舞いに来てくれたなー

なんか仲間が、友達が自分の周りに居るのってやっぱりいいなって感じた。

それにしても4日間殆ど食べてないから痩せた。

トレッキングで得た筋肉は見る影もなく、アバラ骨までくっきり見えている。

何かに当たったと言うよりインドに当たった。

そう思った。

2010-03-27

インド コルカタ編 

このコルカタに来たのは古典音楽祭を見るために足を運んだのだ。

それを教えてくれた、

たけのりカップルが泊まると言っていた宿に着くと

宿は満室であった。

隣のパラゴンという宿を尋ねると、ちょうどみんなが居るでないか。

さとこちゃんや、かんたさん。ネパールで沢山遊んだメンバーが勢ぞろいであった。

丁度部屋も空いていて、70年代からあるといわれる、伝説の宿パラゴンに泊まることにした。

まぁ伝説と言われるだけあり、人の多さは半端なかった。

部屋は牢獄のようでそう褒めたもんじゃない。

その日は他の客達が夜中2時くらいまで騒ぎまくっていて、

しまいに日本人がいまいちギターで尾崎豊を歌いだした時には

切れそうになり、次の日には宿を移った。

正直移動続きで体が疲れていた。

丁度今の時期はどの宿もいっぱいであったが、

運良く移ったアショックという宿は1泊500円(2人で)マンションの4階が全部宿になっていた。

フロントの男がお笑い芸人みたいで、

チェックインすると、すぐに部屋に現れ「ホットシャワー今いるか?」と言ってきた。

インドでは水シャワーが当たり前で、バケツにお湯を入れてくれるらしい。

俺 「じゃあ2バケツちょうだい」というと

フロントの男 「じゃ10ルピー頂戴」と言ってきた。

は、確か。。。

値段交渉したときにバケツ1杯10ルピーと言って来て「何言ってんだ。1杯くらいおまけしろ」

と言って、おまけにしたはずだが。。。

このバケツじゃ俺達は2人だし、2杯必要である。

今、彼は2杯なら1杯分は無料だけど、2杯なら10ルピー(20円)をくれと言っている。

しっかりしている。

俺 「2杯無料にしてよ!」

フロントの男 「だめよー。1杯はただ。もう1杯は10ルピー!!」

そんなやりとりをしている時の彼には嫌な感じは全然感じられず、

むしろこの10ルピーを手に入れるための必死さを感じた。

俺 「払おっか」

チカ 「そやな」

10ルピーを渡すと、そのお札をオデコに当てながら、子供のように喜び、

回転しながら部屋を出て行った。

俺 「10ルピーですんごい喜んだなぁ!!」

チカ 「ほんま、子供みたいやったなぁ」

インド人の素直なかわいさと10ルピーの価値を知った。

コルカタの町のマップを見ていると、マクドナルドが載っているじゃないか!!

早速行って見ることにした。

(おーインドでも変わらないなぁ!!)

店員とお客がインド人なだけで、店はまったくもって同じであった。

ただ、ハンバーガーのメニューはチキン系とベジタブル、フィレオフィッシュしかないようだ。

ん!!

(チキンマハラジャマック?!)

名前だけでそれを注文してみた。

チキンマハラジャマックバリューセットで130ルピー(260円)

少々するが、食べ物にはそこでしか食べれないもの、本当に食べたいものにはお金は使うよ。

味はカレー味のチキンビックマックと言おうか。

次頼むか?と聞かれたら正直頼まないかな。

マクドナルドを出た俺達は調子に乗ってソフトクリーム屋に行った。

アイスの部分にマーブルチョコとかクッキーとかトッピングできるお店だった。

店員はダルそうに注文を聞いてきた。

久し振りに都会に出てきた田舎者状態である、

なかなか注文が決まらず店員は更にダルそうであった。

俺もチカもソフトクリームを口にした瞬間「美味しい?!!」

凄く贅沢な感じがする。

値段は40円、安くはない。

ソフトクリーム片手に交差点を渡り歩くと後ろから誰かが呼んできた。

(ん、、さっきの店員か?!)

店員「おつり!おつり!!」

チカがさっき払った後、

俺達はソフトクリームの美味さに興奮しすぎておつりを貰うのを忘れていたのだ!

インド。。。

インド人優しいじゃん!! 

インドが俺達にはいい感じで始まったような、確かな何かを感じた。

まだその時は今から始まる激動のインドになるとは思いもしなかった。。。。。


IMG_0345.jpg    フレッシュジュース屋で働く子供



IMG_0356.jpg  チョークで地面に絵を書き生きている子供




2010-03-27

インド国境編

砂埃の国境だった。

道の先が見えない。

大渋滞の中、荷馬車に乗って国境に進んでいった。
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向こうから走ってきた自転車に乗ってる男がいきなり首根っこをつかまれ殴られていた。

更にもう一人が棒で殴り加わった。

馬使いの人が「ポリス」と一言だけ言い、馬を走らせた。

こういったのは日常なのだろうか、普通に言っていた。

きっと何が悪い事でもしたのだろう。

人々の目が鋭い。

ネパーリーの優しい目の人は少ない気がする。
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インドの国境に着くと、

「今日国境を越えた外人はお前達が初めてだ。何かプレゼントでもくれないか」

などと言ってきた。

(何言ってんだ、俺がインドに初めてきた記念に何か欲しいくらいだ!)

馬使いの案内で宿はすぐに決まった。

腹が減った。朝から何も食べていない。

さっき荷馬車から見たおいしそうなカレー屋に入り、初のインドカレーを食べた。

スプーンは出てこない。手で食ってみる。

カレーの味は濃厚ですごくおいしくて、

これからずっとカレーになるかもしれないが、とりあえず安心した。

今日はバスも列車も無いらしい。

明日のコルカタ行きの列車のチケットを取りに駅に向かった。
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それにしても家や人はネパールに似ているが、やっぱり汚い。
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ゴミをあさっいる豚や犬や牛が多く、

たまにみる足を引きずっている犬の顔はぐちゃぐちゃで恐かった。

(あんなのに噛まれたらやばいな。。。)

夜は屋台で食べてフレッシュジュースを飲んだ。

どの食べ物も思ったよりも超おいしい。

インドの味付けは濃くてかなりいけていた。

インドのチャイ屋はネパールとは少し違った。

チャイ屋の周りに人が溢れかえっている。

待っていたら来るものでもなく、

どうしていいかわからず立っていたら一人のインド人が俺達に気づき

注文してくれて、更にチャイをおごってくれた。

インド初日でインド人にチャイをおごってもらえるなんて、インドに歓迎された気がした。

その初日の出来事で、いい感じに緊張の糸が解けた。

もちろん警戒レベルは下げないが、インドを楽しめる、きっと楽しくなるだろう、そう思った。

そして俺達はチケットを取り、

世界一汚い、世界一邪悪な町と言われるコルカタ(カルカッタ)を目指した。

コルカタに慣れたらインドのどこに行っても大丈夫らしい。

インド初めての夜は枕とベッドが凄く硬く感じた。

翌朝駅のホームで列車を待っていると俺達の乗る列車はどうやら遅れているみたいだった。
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列車が来て発車すると、走り出している列車に何人もの人が飛び乗り、

初めて見る光景に「あーインドだなぁ」笑いながら言った。

ホームにはいろいろな人が居た。

もちろん物乞いもやってくる。

その物乞いは俺からもらえないと諦めると、隣のインド人の若者にも貰おうとしていた。

インド人がインド人の物乞いを断るその光景は、どういうものなのか気になった。

丸くない楕円形のタイヤで荷物を運んでいるものや、

足が1本無く竹をうまく使って歩いている人も居た。

ボーッとしてると、いつの間にサドゥー(僧)が目の前に居るときがある。

更におでこに赤い染色を付けてき、花びらを頭に乗せてきて、そしてお金をみたいになる。

わけのわからん事は俺はいつも断わった。

列車は2時間も遅れてやってきた。
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席に座り少しすると、銃を持った男達が見回りにやってきた。

目は鋭く、俺達を目で舐めまわして去っていった。

列車の中はチャイや、バナナ、とうもろこしやピーナツ、様々な売り子がやってくる。

夕方、腹が減ってきたのでカレーを頼んだのだが、

3時間経ってもやってこない。

痺れを切らし他の物を食べた1時間後にカレーがやってきた。

さすが、インド。 店員はまったく悪かった感が無かった。

さっき食べたので腹は一杯、残してしまった。

その夜はねずみが俺達のバックパックやらベッドを走りに走り回り、俺は眠る事が出来なかった。

車窓から見るインドの朝は、灰色にくすんだ空に太陽がにじみ昇り始めていた。

コルカタの駅を出ると妙にタクシーがお洒落でここはインドなのか?!
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別の国ににいるような、変な錯覚に囚われたのだった。。
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