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2010-05-26

インド ダラムシャラ 編


4月1日にダラムシャラで俺達はある予約をしていた。

瞑想の予約であった。

瞑想とはアシュラムに住み、ほぼ1日瞑想に浸るというもので、

他の人の目を見なければ、会話も無し。

食も制限(決められた食事のみ食べる)され、禁酒、禁煙、性欲も断つ。

読む、書くも駄目らしい。

全ての欲を閉ざした状態で瞑想に望む。

そんな世界に耐え切れず泣き出してアシュラムを去る人もいたり、

夢精をしてしまう人もいるらしい。

相当きつく、厳しい世界に思えた。

過去から未来、果たしてどこまで考え、自分を見直すのだろか。

11日間もの時間があれば十分な時間だと思う。

もともと、インドでみっちゃんやライ君と一緒に瞑想をしようと日本から約束をしていた。

なのに、俺は「俺は止めておくわ!」と皆に言った。

真剣に瞑想をやろうか、やらないかを考えて決めたことだった。

興味も何も沸かなかったからだった。

インドで瞑想を受けた友達と再会した。

4ヶ月前、カトマンドゥ(ネパール)で会っと時より、

笑わなくなりつまらない人間になった感じがした。

難しい事を言うようになった。

悟ったみたいな事を言うようになった。

悟りってなんよ?  

全然意味わかんない。

シンプルでいいんじゃないかって思った。

欲があって、人間臭い人間が大好きでいいじゃん。

俺は瞑想は必要ないし興味もないし呼んでもないから行かない事にした。

みっちゃんとチカはアシュラムに瞑想に行ってしまった。

みっちゃんとも1ヶ月半も一緒にいるが、

よく「なべちゃん?瞑想いきてぇ?、楽しみだよ?」と言っていた。

自分を直したいっていうか、見直したいのだと思う。

チカは呆気らかんに「瞑想の世界みてくるわーっていうか節約してくるわー」

って言ってた。

瞑想のお金は最終日にドネ?ション(寄付)を自分で決めて払うシステムらしい。

チカはたぶんだけど、あんまり払わないだろうな。。

人間が出来ているから得るものがなさそうだからだ。

さて、この旅初めての1人である。

たまたま再会したデジュ吹きの善君と遊んだり、

チベット料理教室に通ってたトモ君と料理会したりした。

日本人も多く、溜まり場のルンタレストランで将棋を打ったり、

バカボンド読んだり、ポイしたり。

とにかく時間が早く流れた。

トモ君が去り、毎日一緒にいた善君も去った。

瞑想開始から6日目が経った。

(みっちゃんもチカも帰ってこないなぁ。。早く帰ってこないかなぁ。。)

同じ宿には虹子ちゃんというポイ使いがいた。

今まで会った女性で断トツに巧い。

(こんなに巧い女性がいるなんてビックリだ!)

知らない技とかを教えてもらったりした。

虹子ちゃんはインドのゴカルナというビーチが大好きで毎日その話をしていた。

誕生日を3年連続ゴカルナで過ごしているらしい。

(毎日聞いているとなんだかゴカルナに俺も行きたくなってきたなぁ。。)


そしてチカもみっちゃんも11日の瞑想を終え帰ってきた。

2人とも声が変だった。

11日も喋らないと枯れてしまうみたいだ。

2人とも元気で瞑想から開放されてテンションが上がっていた。

俺「ちか?頭の1個の毛穴に全神経集中をもっていけるようになったん?」

前に友達のスミ君が瞑想の事をブログにそんなことを書いていた。

正直よく分からないし、チカとそんな事が出来るのだろうかと言っていた。

チカ「うん、出来るなぁ!」

ちかは決して嘘など言わない。

ちかが言うには気の流れなどを感じる事も操るような事も出来るらしい。

それで肩コリや頭痛など治すことも出来るとまで言っている。

(なんだか凄いなぁ。。)

そしてちかは知らない事だが、

たまにする寝ている時の歯ぎしりが無くなったのである。

俺「んで、どうよ?悟ったん??」

チカ「悟らないよ?、悟れるわけないじゃん」と笑った。

みっちゃんは暇だったとしか言ってなかった。

なんにせよ2人とも変わらず無事帰ってきたことが嬉しかった。

心の中で頭痛が治せるようになるのならば俺も瞑想してみようかなー。。

なんて少し思っていた。

ダラムシャラはそれは気候がよく過ごしやすかった。

しかし1つ問題があった、水不足である。

出ない時は3日も水が出なかった。

気候がいいからシャワーはともかくトイレが流せないのが何よりも嫌だった。

もうこんな生活だし、正直インドも早く出たくなってきている。

でももう2度と来るか分からないインド。

やはり南インドも周りたい。

でもこないだのラジャスタンのような40度以上が予想される南インドか。。

みんなが口を揃えて「なべちゃん南は今は止めときなー」って言ってくる。

とりあえずマナリーという温泉のある町に温泉だけの為に行く事を決めた。

ダラムシャラで約2ヶ月一緒に旅した、みっちゃんとお別れとなった。

ちかと2人で旅か。。。

んんん??

ちょっと待てよ。。

俺「なぁ、ちか。。俺達2人だけで旅するのって何ヶ月だっけ??」

ちか「えっ? せやなー短いかもー1ヶ月?2ヶ月?」

2人でよく考えてみると、

今8ヶ月旅していて2人だけは2ヶ月も満たしてない事に気がついた。

そして次に行くマナリーには約4ヶ月一緒にいたライ君が居るかもしれない。

ちか「またライ君に会うかもよ!」と笑った。

俺「せやなー」と笑った。

この時はまだ気がついていなかった。

みっちゃんが俺達にとんでもない置き土産をしていった事に。。。
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2010-05-26

インド アムリトサル編


俺達は北に向かった

アムリトサルという、その町はパキスタンの国境に近い町だった。

スイク教の聖地アムリトサル。

スイク教はイスラム教やヒンドゥ教とは異なる宗教。

ちゃんと自立して働いて生きようという宗教らしく日本っぽい感じがした。

町では酒屋で盛り上がっていたり、肉もバンバン食べるのが普通みたいで

スイクの人は体系がでかい人が多かった。

髭も剃らないらしい。

うーん、誰かに似ている。。。

あ、

三国志の張飛に似ている!!

町中、張飛だらけである。

ここはインドなのかと思わせるくらい建物や人の感じが違った。

道を歩いていると少し照れながら話しかけてくる人もいた。

インドでは珍しいことである。

ウインクしてきたり、

夜遅く歩いていると宿にちゃんと帰れるか心配してくれる人もいた。

この町の名物の観光があった。

それはインドとパキスタンの国境で行われるクロージングセレモニー。

お互い応援合戦を行いどっちが立派か競いあい国境を毎日閉める。

乗り合いタクシーで向かうと、

国境はスタジアムのようになっていた。

パキスタン側は少ししか見えないが、結構人も集まってるようだ。。

インド側の方が人が多くスタジアムに入れない人までいる状態である。

俺達はVIP席に座らされた。

観光客は良い席に案内されパキスタンに見せつけるのである。

やはりインド側に居るとインドを応援したくなってしまう。

インド兵士がマイクで大声をあげる、長く続ける。

パキスタン側の兵士もそれに負けじと声をだす。

(声の長さ勝負だ!!)

観客の応援合戦が始まった。

すごい盛り上がりだった。

インド兵士はシャキシャキとロボットのように足を高くあげ行進し門に向かった。

パキスタン側も門に向かってきた!

ガシャーン!!とお互い国境の門を閉めた。

インド人もパキスタン人もお互い自分の国を愛しているんだなぁと感じた。

こういったものを見ると日本の事を考える。

どうしてみんな日本を愛せてないのか、

俺は日本は好きだけど愛してるまで果たして言えるのだろうかと思ってしまった。










2010-05-26

インド デリー編


インドの首都、

デリーに列車はあと少しで着くようで周りは身支度を始めだした。

昨日はあまり眠れなかった、列車移動ではいつもの事である。

外をみると、昔、マレー鉄道でバンコクに着いたときの景色に似ている。

ボロボロの家が隙間無く建ち電線が多く、そして汚い。

くくりつけた盗難チェーンを外し、バックパックを背負った。

悪評高いデリー。

お金をボラれたとか、女の子が襲われたとか色々と耳にするが

そんなに引っ掛かるものなのか興味もあった。

駅を出ると、早速タクシーはリクシャの客引きがやってきた。

宿までは結構遠いが歩けない程でもない、

俺はそんなに乗る気も無いのに値段を聞いた。

タクシーの男「300ルピーだよ!!」と笑っている。

おいおい、50ルピー位で行ける距離だぞ。。

俺「高い!そんなに高くないのは知ってるよ!安くならないの?」

タクシーの男「無理無理、300ルピー!!」また笑っている。

全然感じも悪くない、そして直ぐに去ってしまった。

ふむ、

例えば初めての海外旅行者が初めて降りる駅で宿まで連れて行ってくれる、

これは300ルピー(600円)は安いのかもしれない。

その旅行者が旅にも慣れ、金銭感覚も慣れたところで、「あそこでボラれた」

と言うのじゃないのだろうか。

俺達はボラれたことなんて1度も無い。

買い物でも何でも納得してお金を出している訳でボラれたとしてもボラれたとは思わない。

たまに不幸そうに騙されたとかボラれたと言う旅行者に会うと

この人は可哀相だな、とか不幸を俺達に呼ぶなよとか正直に思う。

旅を楽しんでないように見える、旅は楽しんでナンボの世界なのにね。

久し振りの都会のデリー

(美味いものが食いたい!!)

1番の目的が食である。

もう、カレーにも飽き飽き、肉も食いたいしマクドナルドも食いたい。

何よりインドで唯一のコンビ二(日本食を置いてある!)があるという情報もある。

頭は食べ物でいっぱいだった。

生きていてこれ程、食べ物の事を考えた事などなかった。

宿は薄型テレビが壁にかかる部屋で久し振りにテレビをみた。

チャンネルが100ぐらいあって、お気に入りはアメリカのプロレス番組だった。

デリーのレストランはちょっと高いが何でも食べれる事ができた。

お洒落なカフェでコーヒー飲んだり、もちろんマクドナルドにケンタッキー。

地下鉄があり、ちゃんとした会社勤めのインド人はどこか日本の風景と変わらなかった。

俺達は早速、噂のコンビニに行くことにした。

俺「どうする、結構遠いけどリクシャーで乗りつける?」

チカもみっちゃんも当然でしょうって顔だった。

リクシャーのおっちゃんに住所だけ伝え、まったく知らない場所を走った。

(大丈夫かなぁ。。辿りつけるのかなー。。)

30分はもう走ってる。

きっちりそのおっちゃんはコンビニまで俺達を運んでくれた。

そのコンビニは変なスーパーのような建物だったがそんなのは関係なかった。

おお!!

カップラーメンだ!!

あ、、赤いきつね!

どん兵衛だ!!!

なに?! 高橋ジョージの魂のラーメン?!!!

こんな新発売の物まであるじゃないか!

そのコンビニには何でも置いてあり期待以上の品揃えであった。

ん、え?! むむむむ。。。。

値段をみて興奮が一気に醒めた。

(高い! 高すぎる。。!)

赤いきつね、どんべえが240ルピー(480円)

高橋ジョージは360ルピー(720円)

皆、値段の高さに気がついたようだ。

日本で買う3倍?5倍ぐらいの値段である。

それでもここまで来て買わぬ訳にはいかなかった。

皆、もくもくと冷静に選び始めている。

俺もカゴに入れては考え、元に戻してはまたカゴに入れた。

欲望と高さとの戦いである。

(むむむ。。カップ麺より、袋ラーメンにしようか。。。)

袋ラーメンの方が若干安い。

(中華三昧か。。色々と味があるじゃないか!)

うーん。。よし! 決まった!!

選びに選んだのは

中華三昧2つ(坦々麺、味噌) マルタイラーメン、辛ラーメン、まるちゃんの豚汁うどん。

実に1500円オーバーしてしまった。

俺「もう早く帰ろうぜ!!」

みっちゃん「なべちゃん?俺2000円以上買っちゃったよ?」

ちか「早く食べたいなぁー帰ろうやー」

テンションが上がってる。

そっか。。

(もう日本を離れて7ヶ月も経つのか。。。)

全然だなぁ。。7ヶ月も経ってるのに旅の進みが悪い。

まだインドだもんな。。

おっと、それどころじゃない、何から食べるか考えなくては。。

宿に帰り、速攻でお湯を沸かした。

3人でお湯が沸くのを無言で見てる。

カップ麺のパッケージもここまでマジマジと見たこともなかった。

(結構色々とうまいこと書いてあるなぁ。。!)

決まった、、!

(豚汁うどんでいこう!!!!)

お湯を入れる。

唾が出てくる、まだ麺は硬そうだ。

まだ5分経たないのか?!

いや、少しくらい硬いのが好きじゃないか!

食べよう!!!

う、ううう。。

申し訳ないけど、インドで食べた何よりもこのカップラーメンが1番美味しい。

ふうぅう。。。

美味かった。

皆満足な顔だった。

買ってきたラーメンをベットに並べて眺めていた。。。。

俺「ねぇ。。。もう1食いく?」

みっちゃんもチカも頷いた。

俺はまた湯を沸かし始めた。

頭の中は次、何を食べようか。。。それのみだった。。

2010-05-26

インド ラジャスタン 編 (ジャイサルメール)


コルカタから2000?位は西に流れてきただろうか、

パキスタンの国境まで100?まで近づいてきた。

バスから見える景色は砂漠一色となっていた。

窓から入る風は暑い、

今この時期でもギリギリ夏前にあたり、

あと少しでとてもじゃないが暑すぎて観光どころじゃないのだ。

あ、藁の家が見える。

ラクダを飼ってる様だ。

(こんなところで生活できるのか?!)

砂漠の中を走る。

遠くに町が見えてきた、ジャイサルメールの城壁が見えてきた。

(ジャイサルメールも良さそうな町だ。。)

バスが着き、荷物を担ぎ出ると「NABE」と書かれたボードを持った男が居る。

あ、そっか。。

バスの中で話した男が遣わしたのだろう。

客引きが沢山やってくる、

(ん、ラクシュミーゲストハウスか。。確かテツがお奨めしていた宿だな。。)

ラクシュミーの男に値段を聞いている時だった、

「NABE」ボードを持ってる男がラクシュミーの男を突き飛ばした。

警察が笛をピピピーと注意する。

よくあるのだろうか、

結局、ボードを持った男の宿に向かった。

ちょっとガラの悪い感じであったが、ボードまで持たれたら行かざる得ない状況だった。

宿に着くと入り口に何人か座っている。

(ボスかなぁ、悪そうな奴だなぁ。。)

部屋はなかなか良さそうだ、流石にジョードプル程好くはないが。

俺「100ルピー(200円)なら泊まるけど、それ以上なら他にいくよ!」

あれだけの客引きがいたら競争が激しそうなのは予想できた。

ボス「む、むむ。。 OK ! 他の客には内緒だぞ。。」

ボスはお腹が痛いと言って調子が悪そうであった。

宿が多すぎる町は商売が大変そうであった。

宿から10分もしない所に丘があり、

ジャイサルメールの町を見下ろす事が出来るみたいだ。

ちょうど夕日が沈む前に丘に登ると茶色い建物が黄金に輝きだしている。

(なるほど。。ゴールドシティと呼ばれる訳だ。。綺麗だ!)

城壁も黄金に輝いている。

俺「城の中に住んでみたいなー」

ちか「せやなー明日か明後日には移ろうか!」

みっちゃん「いいねー」

俺達はラクシュミーゲストハウスに宿を移った。

城の中には宿やレストランやお土産屋など普通の町並みと変わらない感じ。

宿の屋上から町を360度見渡すと、

砂漠の真ん中にこの町が存在しているのが改めて知ることができた。

それにしても暑く、夜はとても眠むる事ができないくらいだ。

そこらの店では凍ったペットボトルを売っている。

凍っていても2,3時間くらいで溶けてしまう程、暑い。


この町での目的はキャメルサファリツアーに行く事であった。

しかしこの暑さで砂漠なんて行けるのだろうか?!

ツアー会社に尋ねてみると午後の3時からのツアーを組んでくれるみたいだ。

交渉に交渉の末、

1泊2日、1人700ルピー(1400円)シーズンオフとは言え格安で俺達は砂漠に向かった。

ジープは砂漠に浮かぶアスファルトを駆けた。

それにしても暑すぎる。

日は傾き欠けているのにジリジリ熱い。

風力発電の風車がいくつも回っている。

そして、いくつかの遺跡を見て、ジープはダートを走り始めた。

(こんな何もない場所で生活している人達がいる。。!)

たまにいる子供達が手を振っている。

砂丘が見え始め、ジープは砂丘の中に走り駆けた。

(あ!ラクダだ!!)

ラクダとガイドが待ち呆けていた。

モンゴル以来のラクダである。

2度目とはいえ、やっぱりテンションはあがる。

ラクダに乗り砂丘をゆっくりと歩く。

夕日が落ち始めてきている。

ラクダを降り、夕日の方角に歩き、小高い砂丘で腰を降ろした。

(燃えている。。。)

オレンジ色の夕日はゆっくりと地平線に沈んでいった。

俺達はラクダに跨り砂丘を少し歩いた。

(ここか。。 今日の寝床は!!)

砂丘の上にブランケットが敷かれ他のガイドが夕食を作っていた。

ん、テントもある。

夕食には時間が掛かりそうであった。

周りも大分暗くなってきたところで俺達は用意した灯油を取り出した。

みっちゃんがスティックに火を付けると、

どんどん向こうに歩いていった。

50?位あっちの砂丘の上で回している。

(流石はみっちゃん。。。)

闇夜の中に炎によって浮かび上がる砂丘が何とも言えぬ光景であった。

俺もチカも火を付けた。

俺は砂に足を取られちょっと火傷してしまった。

ん、どうやら夕食が出来たようだ。

ガイドが作ったチャパティとカレーは砂が混ざっていたが、不思議と美味しかった。

昼間の暑さは消え、砂丘の夜は少し冷えた。

砂丘で寝るのは気持ちがよかった。


朝日が昇る前に自然と目が覚めた。

少し寝ぼけたままブランケットを被りながら、ゆっくりと登る日の出を眺めた。

ガイドが呼んでいる。

ガイド「朝ごはんだよー!!」

朝飯を食べ、ラクダに乗り砂丘を歩き、

俺達はジープに乗り砂漠に浮かぶアスファルトを駆けた。

あ!!

周り全てが砂漠の中、町が見えてきた。

ガイド「あと少しでジャイサルメールに着くよ!!」

(あ。。そっか、当たり前か。。。)

俺は一瞬、違う町に辿り着いてしまったのかと勘違いしてしまった。

(戻ってきたんだ。。)

太陽がまたジリジリと昇り俺達を照らし始めていた。。

2010-05-26

インド ラジャスタン 編 (ジョードプル)


ダート道を走っていく。

砂埃が凄く、窓を閉めるにも暑すぎる。

すでにTシャツがビチョビチョだった。

空気が悪いのか、こんな砂漠を走ってるのに空はあんまり青くない。

(青い空がみたいな。。。。)

何℃あるのだろう?! 40℃近くなっている気がする。

バスは変な所で止まった。

ここがジョードプルらしい。

町の中心まではちょっと距離がありそうだった。

この町は通称ブルーシティと呼ばれるジョードプル。

砦の周りに町が広がっていた。

最近の宿決めは客引きで付いて行ってほぼ決まる。

ジョードプルの宿には驚いた。

200ルピー(400円)でこの豪華な部屋!!

ソファーがあり、家具があり、テーブルがあり、何より広い。

屋上に上ると砦が目の前にドーンと俺達を見下ろしてる。

(この宿。。めちゃいい!!)

インドで1番の宿にノミネートされた。

町を歩くと今日は何かのお祭りらしくオレンジジュースを無料で配っていた。

粉末を溶かしたチープな味で合成着色料の味は大人になっても大好き。

この町の名物のオムレツ屋が2軒ある。

みっちゃんは向かいのオジサンのオムレツサンドを頼み、

俺達は若い男のオムレツを頼んだ。

若オムレツ店員「あっちのおやじは俺の文句を毎日言ってやがるんだ!」

俺「ふーん。。」

お互い相手の店にお客が入るとチラリと見ては内心「くそっ!」と思っている様子である。

(どーでもいいから美味しいの出してくれよ。。)

オムレツサンドは両方とも美味しかった。(味の濃さが違う位)

仲の悪いどっちもどっちなオムレツ屋、自分で食べ比べて決めたらいいと思う。

翌日、砦に向かって歩いて行った。

その砦は500年の間、堕ちた事が無い歴史を持つ。

入り口の大きな門は直前に曲がっていて、相手の象の攻撃をさせなかった。

俺達はイヤホンを付け日本語ガイドを聴きながら砦を隈なく歩いた。

砦の最上部には大砲が設置してあり、闘いの名残があった。

そしてそこから町を一望すると青一色で納得のブルーシティであった。

宿に戻ると、オーナーは働き屋だった。

今晩は自慢のターリー(カレー)を食べてみなよと言ってくる。

部屋にご飯を運んでくれる程サービスもよい。

シェフの腕も良く、俺達は久し振りにビールも飲んだ。

部屋もサービスも味も最高であったが、夜はファンだけでは眠れないほど暑い。

次の移動で西の果てジャイサルメールに辿り着く。

こんなに暑い時に砂漠に行くことになろうとは。。

2010-05-26

インド ラジャスタン 編 (プシュカル) 近況報告あり。



ブログを読んで下さってる方に。。

いつも読んでくれてありがとう!

実はパソコンにウイルスが入り、

ハードデスクに入れていた写真がほぼ全部消えてしまうアクシデントにあいました。

今までの旅の写真が全部です。

悲しくなりました。

旅を続けるモチベーションも下がりました。

でも、気を取り直して旅を続けます!!

今夜、インドを出ます。(まだインドかよ!ってな感じですが)

インドを出たら駆け抜けます。。

熱い旅を、最後の旅を楽しみます!!!

まぁ、そんなこんなでブログに写真が暫く載せれません。

文だけですが暇があったら読んでください。    なべ。






だいぶ砂漠になってきていた。

通称ホワイトシティと呼ばれるプシュカルという町にバスは走っていた。

バスに乗る女性の着ている服が変わってきた。

目を薄い布で隠す女性もいる。

バスを降りると客引きが日本語を少し話してきた。

「100ルピー(200円)の部屋あるよ!」

安さでついて行ってみると、まぁ普通の部屋だ。

昨日いたジャイプルで宿が高かすぎたのもあって喜んで決めた。

町を歩くと目に付くのは女性が働いているという事だ。

女性の衣装はかっこいいし、なにかと目を隠してミステリアス。

手にはジャラジャラと腕輪を付け、

鼻にピアスから耳ピアスにチェーンが繋がっている人もいた。

そこらの道端で野菜を女性が売り女性が買うその姿は活気を感じる。

(この光景はベトナムだ、ベトナムに似ている。。)

ラジャスタンの女性は男性より強そうなそんな雰囲気だ。

この町の中心にでかい湖がある。

夕日が白い建物に反射して湖も綺麗なんだろうな。。。

湖につくと、、

な、無い!  水が無い!!

枯れてしまってる。

(楽しみにしてたのにー。。)

時期が悪いのか、水不足なのかはわからないが、

がっかりであった。

晩飯を食べて町をふらついていると1人の男が離しかけてきた。

男「今日はお祭りだよ! 買い物なんて後にして付いてきな、早く!早く!」

え、お祭り?! 訳も分からずその男の後を付いて行った。

水の無い湖の前でトレーを手渡された。

そのトレーにはココナッツやお米、花など色々と載っていたが暗くてはっきり判らない。

(ん、いつの間にみっちゃんもチカもバラバラにされてる。。。)

おかしい、全然祭りな感じなんてしない。

その男はこちらが話す暇など与えない、何か言おうならば「儀式中な静かに!」とかぬかす。

家族構成や子供がいるのかとか色々と聞いてきた後その男は色々な言葉を唱え始めた。

「食べ物、家族、子供、カルマ、日本、お母さん、お父さん、妹、魂、夢。。。。」

20キーワードぐらい連続に言い、トレーから花を取り俺の頭に乗せた。

そしてまた唱え始めた。

なんだか呪文のようだ。。

ん、今。。ドネーションって言わなかったか。。。

あ、また言った。

20以上もの言葉の中にドネーション(寄付)という言葉が刷り込まれた。

おいおい、催眠術かよ。。

急に気持ちが冷めた。

周りを見るとみっちゃんが居ない!(大丈夫かな、、みっちゃん。。。)

チカはまだ聞いてるようだ。。

俺がそわそわしているのに男は気付き言ってきた。

男「寄付をいくら払うのか?」

儀式もきっと途中である。

男「食事1回分位の金額を払ってもらってる、それが普通なんだ!」

(ふーん、1食ぶんねー。。)

俺はチカに向かって叫んだ、「チカ!帰ろう!!」

すくっと立ちチカの元に歩く。

その男は急にどうしたんだと慌てている。

(20ルピーくらいでいいか、面倒くさいし。。)

財布を見ると、あれ、20ルピー無いや。。

チカの所に着くとチカは男に何か言っていた。

チカがその男に幾らかあげている。

俺「チカ?20ルピー貸して?!」

ちか「ちょっと20ルピー無いわー10ルピーでいいんちゃう!」

10ルピーを男に渡そうとした。

男は理解できない!みたいな態度で受け取らない。

俺「じゃ、10ルピーもあげない!!さよなら!!」

男「。。10ルピーでもいいから頂戴。。。」

苦笑いしながら男は去っていった。

俺「ねぇ、呪文みたいの凄くなかった?そういえば、何を言ってたの男に?」

ちか「いや、お金欲しいなら、最初に言えって言ってん!」

俺「本当だよなー、500とか1000とか2000ルピー払えみたいな事、言ってたで」

俺「円でも$でもユーロでも払えるってさ!」

あ、みっちゃんがいた。

みっちゃんは呪文を聞く前に面倒臭くなって10ルピー渡して去ったらしい。

この出来事は実に巧妙にとれて俺達は夜遅くまで話した。

俺「今日のは払う人は払うだろうな?」

ちか「せやなーよくできてるよなぁー」

みっちゃん「なべちゃん?俺、途中で逃げたみたいで情けないよ?」

確かに自分や家族の事まで祈ってくれているわけで、

取る人が取ったらいくら払っても安いのかもしれない。

翌日、偶然レストランで日本人と会い昨日の話になった。

日本人「え?!じゅ、10ルピーだけしか払ってないんですか??」

俺達「うん。」

日本人「お、俺、昨日600ルピー(1200円)払っちゃいました。。。」

日本人「そっかー10ルピーでいいんだ。。。」

大体、ドネーションと言いながら値段は支払い通貨やら言ってきて、

宗教(嘘お祭り)も利用しているし、

食べていくのに必死なのかもしれないが、正直やり方が嫌いかな。

まぁ、面白かったけど。


この町にはもう1つの目的があった。

買い物である。

インドで1番安いと噂は本当だった、

実にプシュカルは買い物天国であった。

あ、これは。。

ネパールで買ったクッションシート!!

(半額どころじゃない! 1枚で5枚買える!!) 

失敗した?こんなに安いとは。。

まぁ、しょうがないな?。

みっちゃんが布(床敷き布)を買いたいって言っている。

布はネパールでいっぱい買い物したからちょっと詳しい。

俺「みっちゃん付き合うよ、俺がめちゃ安く交渉したげっから!」

2日かけてみっちゃんが気持ちよく買うものだから

俺もまた買ってしまった。

みっちゃん「なべちゃんのおかげで安く買えたよ?サムズアップおごるよ?」

サムズアップとはコカコーラ社からの飲み物で、

コーラとドクターペッパーが混ざったような味である。

みっちゃんとよく一緒にサムズアップを飲んだ。

これだけ買い物をして日本に帰ってからの部屋の改造が楽しみである。

俺達はまた西に西に流れた。
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