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2010-06-27

旅の最終章


緑一色の中、コトコトと電車がゆっくり走った。


鈍行電車に乗ってるようだった、椰子の木がたくさん生えている。

椰子の実が黄色でなんだかちょっと違う景色。

たまに小さな町を通り過ぎるとまた緑が広がった。

IMG_1639.jpg


キャンディの町に着くと宿の客引きなど1人も居ないようだ。。

リクシャーに声を掛けられると信じられない金額を言ってきた、

実にインドの2?3倍の値段である。

とても乗る気にならない、(しょうがない、、歩くか。。)


キャンディ湖の近くにある宿にチェックインした。

1000スリランカルピー(800円)情報が無いから安いのか高いのか判らない。

このキャンディはオーストラリアで友達になったウディの故郷であった。

メールをしてみると、彼はドバイに出稼ぎに行っていないようであった。

(残念だ、せっかく会えると思ってたのに。。)

仕事は確かに少なそうであった。

スリランカでも物乞いがいるし、そこらで寝てる人もいる。

IMG_1683.jpg   スリランカの市場

IMG_1684.jpg   マンゴーは緑色





スリランカ料理はどれも辛く油っぽくチカには合わない様子だった。


キャンディ2日目、ボリュームのあるスリランカ料理を食べた後、

チカがものすごく調子が悪そうだった。

ちか「私、吐きそう。。!」

キャンデイ湖にさっき食べた物を全部吐いた。



「はぁ、はぁはぁ。。」


その夜遅く俺は目が覚めた、チカの呼吸が荒い!

様子がおかしい、

熱だ!!

2日間、俺は殆ど寝ず、看病し続けた。

(おかしい、変な熱だ。。 全然下がる気配が無い。。)

始めはコロンボで食べた物で食中毒になったと思っていた。

3日目。

俺「病院いこうか! 何かやばい感じがする。。」

ちか「うん。。。」

滅多に病院なんか行かないチカがあっさりと頷いた。

病院に着くとチカの容態は更に悪化した。

体全体が痺れているようだった、寒気で唇が白くなっていた。

(やばい、早く診てくれよ!!)

くそっ、自分の無力さを感じる。

70歳を越えているだろう、白髪の先生は「入院しなさい!」と言ってきた。

チカは高いから入院はしないと言ったが、とりあえず入院することにした。

俺は病院にあった体重計に乗った。

(俺。。9?も!!痩せていたのか。。。。。。)

過酷なインドの旅は俺達をボロボロにしていた。

この時、俺は先を考えた。

ヨルダン、エジプトのチケットを持っているが中東もこれから夏である。

インドより暑いかもしれない。

(無理かもしれない。。こんな状態で行けるのか?!)

思い起こせばチカの調子も2ヶ月位悪いのが続いている。

(無理してもしょうがないしな。。)

白髪の先生「血小板の数値がすごく少ないわ」と診断した。

俺は判らず、ネットで調べると、、

愕然とした、

(まさか、、白血病。。?!)  寝不足もあった、ぐらっと倒れそうになった。

俺「ちか、日本に帰ろう!」

俺「日本でちゃんと調べよう!!」

ちか「でも、南米は? 中東は?」

(そんなボロボロで何言ってるんだ。。)

弱りきったチカを見て、俺にもう迷いは無くなってきた。

(日本。。帰るしかない!!)

その病院の看護婦が言った一言がむかついた。

看護婦「日本人はみんな金持ちなんでしょ?なんでお金の心配してるの?」

俺達は入院費の安いとされる国の病院に移ると言って無理して退院した。

国の病院はそれは酷かった。

難民キャンプのようで、惨い状態であった、

地べたに何人も寝かされていた。

(こんな所にいたら、チカが死んでしまうかもしれない。。)

本気でそう思った。

バスでコロンボに戻ることにした。

チカの状態は歩くのがやっとの状態であった。

選択1つで取り返しのつかない気がしていた。

バスで1回チカは吐いた、3時間、長いバスの時間だった。

コロンボに着くとチカは階段が登れない程、歩けない程、弱っていた。

(こんなんじゃ、日本に帰りたくても、とても帰れる状態じゃない。。。)

俺「病院行こう!! お金とかどうでもいいから、行こう!!」

ちかは頷いた。。

IMG_1704.jpg


コロンボに無理して来たのが選択のミスかと思えた。

だが、コロンボの病院は設備がよく、チカの症状が見えてきた。

ただ英語での会話がさすがに厳しい。

血の数値が尋常じゃないほど高いようだ。

1日入院すると病院にお金を払えと支払い書をくれた。

(た、、高い!!)

1日3万円近い。

俺達はいつも海外旅行の時、海外保険なんて入っていない。

会話もままならない状態でこの入院料。。

1日も早く日本で病院に入院させたい、でも焦って退院しても。。

俺達は話し合った末、先生に無理を言って3日で退院した。

今思えば、もう少し入院しても良かったと思う。

正しい判断が出来ていたのか今でもはっきり判らない。


とにかく日本に帰りたかった。


退院した翌日に飛行機で日本に向かった。


壮絶な飛行機の時間だった、もう、とてもじゃないが書けない。

ちかが薄く見えた、消えてしまうんじゃないかと思った。


何度も涙がでた。


辛かった。


心臓が痛かった。



俺達は今、日本にいます。


チカの病名は急性肝炎。

帰国後即入院したチカも無事退院することができ、

今やっと落ち着く事ができたところです。

かなり元気になってきてます。

これを読んでる人達へ、心配掛けました。


チカが元気になればなるほど俺は何故か腑抜けになってきてる。

自分の弱さをすごく知った。

正直、情けない。

先は何も決まってません。


急に終わってしまった俺達の旅。



俺の魂は今どこでどんな旅をしてるのだろうか。。。。


魂を置き忘れた俺は、俺はどうしたらいいのか。。。


チカとこれから先を決めようと思う。


最後に、

ブログはこれにて終了となります。



読んでくれてた人、ありがとう!






俺、


やっぱり、


旅したいです。。。



                         完

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2010-06-27

スリランカ編 1

俺「飛行機乗るの久しぶりだなぁー」

ちか「せやなー」

いくつもみえる飛行機を見ながら歩いてた。


早朝、4時に空港入りしていた。

今からスリランカに飛ぶ。

IMG_1604.jpg

2時間しか寝てなかったからボーっとしてた。

シートに座り、気が付いたら離陸していた。

IMG_1607.jpg


1時間半のフライトなのになにやら朝食がでるようだ。。

(おっ、サモサかぁ! マンゴージュースもよくのんだなぁ。。)

インドがやっと過去の事となってきた。

長かった。。 これからどんどん駆け抜ける旅に胸が躍っていた。

ん、もう着くか。。

(頼むぜ! 機長!!)

1週間前に今乗っている飛行機会社の飛行機が落ちている。


158人も死んだのだ。


複雑な気持ちもあったが、俺達の乗ってる飛行機が落ちるとは思えなかった。

無事、着陸を果たすと機内に歓声が起こった。

クリケットチームの子供達であった。


空港からコロンボの町の中心までは結構遠そうであった。

情報の無い俺達はそこら辺にいるスリランカ人に聞きまくる。

(意外と親切だな。。 )

思ったより簡単に町の中心に辿りつきホテルにチェックインできた。

インドと比べて都会のようだ、高いビルがいくつかみえる。

IMG_1611.jpg


IMG_1628.jpg



ん、それにしても妙だ。。

インドが人が多すぎたからか、町に人が少なく感じる。

町を歩いても店が1つも開いていない。

スリランカ人「今日はブッタの誕生日で特別な休日なんだよ」

なるほど。。  ってどこで飯食ったらいいんだよ?!

俺達は1時間も町を彷徨って変な商店みたいな食堂で飯にありつけた。

え?!

さっき隣の奴が食べてた皿がこっちに回ってきた。

(この国はこういったシステムなのか?!)

ま、いいか。。腹も減りすぎてどうでもよかった。

しかし、衛生面では褒めたもんじゃない、

俺「ここ、当たりそうだなぁ。。」

ちか「よくないなぁ。。」

結局、スリランカに来てもカレー味でインドと変わりなかった。。

寝不足もあり、宿に戻り俺達は寝た。。

ん。。。

時計をみると夜、10時を指していた。

外がなにやら騒がしい、あちこちで歌が聞こえる。

(お祭りだ!!)

俺「屋台が出てるかも!!  行ってみようか!」

ちか「うん、いこっか!」

昼間の人の少なさが嘘なようだった、町は人が溢れていた。

(ん、でも屋台が出てない。。)

やっと見つけた屋台でパイナップル、とアイスが晩御飯だった。

トウモロコシを買ったがあまりにも不味くて食べれなかった。

いったいこのお祭りはなんなんだ??

スリランカ人はひたすら歩き回っているだけで理解できない祭りだった。

スリランカの物価は若干インドより高めであった、

首都コロンボには1日滞在で古都キャンディに移動することにした。

俺達はまだ気がついていなかった。

黒い影が俺達を既に覆い被さっていた事を。

旅の終わりが近づいている事を。。。。

2010-06-27

インド 灼熱の南インド編 最終章

ローカルバスで更に俺達は南に、ゴカルナを目指した。

しかし虹子ちゃんの愛するゴカルナビーチ周りの宿やレストランは閉まっていた。


唯一開いているオムビーチの宿ににリクシャーの人は案内してくれた。

モンスーンの時期が始まりだしていた。

洗濯したTシャツが1晩経っても乾かない位、湿気が酷かった。


ちかの体調が最悪に悪かった。

俺達はオムビーチで波が崩れるのを見ていた。


チカがこの旅初めて日本に帰りたいと口にした。


ザザーン。。

俺はシュワシュワと波が泡になるのを眺めてた。

(日本か。。。)


俺達は最悪な道に進んでいる事にこの時はまだ気が付いていなかった。


厳しい旅だった。

ベットにいた虫にもやられ、暑いし、寝れないし南に来たことを後悔し始めた。

それでも俺達は南を目指した。

もう意地もあったと思う。

あまりにもローカルすぎてバスの切符売りがどこまで行くのかと聞いてきても

俺達は次の町の名前すら分からずバスに乗っていた。

ただ南の最終目的地コーチンと言った。

いくつもバスを乗り換えた。

行ける所までバスにひたすら乗るという過酷な旅だった。

1日4?くらい水を飲んだ。

大きな町に着いたようだ。


マンガロールという町だった。

もちろんガイドブックにも載っていない町である。

そういや、日本人どこかツーリストにすら最近会っていない。

この町は活気があり、やけに人が多かった。

バススタンド近くの宿を当たってみると、どこも高い。

最近はろくに寝ていないし、移動続きでバテバテだった。

宿代、最高350ルピー(700円)の俺達がとうとう贅沢に

初のエアコンの部屋に泊ることにした。

実に600ルピー(1200円)分の価値があった。

快適すぎる! この酷暑の中、こんな贅沢があるとは。。

ビールを買ってきては部屋でTVを見ながら飲む、

マンゴーを?買いして食べまくる。

IMG_1493.jpg

町の人達は俺達が珍しいようだった。

少し照れながら話しかけてくる人もいた。

レストランの店員はどの店も愛想よく優しかった、そして美味しかった。

北インドで食べていた物が霞むくらい本当に美味しい。

食は南に有り。

インドの食を初めて知った気がした。

50cm程の信じられない長さのドーサ(クレープ)

IMG_1497.jpg

チキンの柔らかさ、北では無い海老料理、フルーツジュースも1日何回も飲んだ。

そして何が1番美味いってパラタである。

クロワッサンの生地の様に重なりのあるナン、これがまた最高に超美味い。

IMG_1499.jpg


そして信じられない程、最高に安い。

今までのインドで1番安い町マンガロール。

ツーリストも立ち寄らない町に1番があるのである。

マンガロールからコーチンに直接行けるバスがあるようだ。

エアコン付きのバスで急に快適な旅に変わってきた。

時期さえ選べば間違いなくインドは南がいいと思う。

南インドのバスは日本の深夜バスよりいけていた。

椅子が深く倒れて広く快適で冷房まで効いている。

南インドの方が裕福な人が多いと聞くが、なんとなく頷けた。

看板にコーチンと確認できてきた

(そろそろ、つくな。。 最終目的地、コーチンに。。)

暑いがそれほどでない、インドの暑い場所を過ぎたのだ。

貿易で栄えたコーチン。

3つの地区があり、船で移動するのが当たり前の町。

(あ、自転車乗せてる。。)

たった5円で乗れるのだ。

船の中心にでかいエンジンがあり、大きな音を立てて船は海を走った。

IMG_1527.jpg

船を降りて客引きのリクシャーに乗り宿に向かう、

(高そうだなぁ。。)

今はモンスーンも来てるしシーズンOFFもあり強気に交渉。

普段、1000ルピーもする部屋がなんと350ルピー(700円)になった。

その宿がインドで1番良かった。

水郷地帯(デルタ地帯)川を船で下るバックウォーターツアーに行くことにした。

迷路のような入組んだ川を船頭さんは5?くらい長い棒をうまく使い船を操り進む。

(こんなところでも住んでいる人がいるとは。。)

昼ごはんはバナナの葉に乗ったカレーが出た。

ゆっくりとまた船は川を下って行く。

バックウォーターの旅はのんびりと時間が流れた。

IMG_1543.jpg  コーチン名物チャイニーズネット



俺達の旅もとうとう先が見えてきた。

コーチンで次の国のチケットを手に入れたのだ。

次の国はそう、スリランカ。

たった3000ルピー(6000円)の格安なチケットを見つけたのだ。

スリランカ行きのチケットを手に入れやっとインドを出ると決まった。


長かったインド。

インド、もう2度と来ないだろう。

いや、もう2度と来たくない。

ウンコだらけの道、牛だらけの道、カレーには飽き飽き、他の味を編み出せよ!

人も多すぎる、人と関わらない日なんてなかった。

でも毎日、何かが必ず起こるインド。

飽きはしなかった、楽しかった。

でももう疲れたよ、もう十分。

正直に言うよ、大嫌いじゃー!!

もう絶対にこねー!!!!

でも。。

考えさせられたよ、インド。

ありがとう、さよならインド。


俺達の旅もこれから中東、南米、アフリカ、ヨーロッパ、

夢が一気に膨らんできて胸が躍ってきた。

スリランカは出る、(出国する)チケットが必要と知り、次の国も選択に迫られていた。

チケットを探すとヨルダン経由、エジプト行き、(ヨルダン1ヶ月ストップオーバー)

なんと3万円ちょいで激安チケットが見付かり俺達の旅も加速し始めてきた。

IMG_1592.jpg    バナナの葉にカレー

IMG_1467.jpg   漁師さん

2010-06-27

インド 灼熱の南インド編 1

無事ポシェットを手に入れ、旅が続けれる俺達は南へ目指した。

まだ俺達の旅は続くのである。


そして再びデリーにやってきた。

電光掲示板をみると41,9度。

もう半端ないほど暑い、南に行けばもっと暑くなるのだろうか?!

正直心のどこかで南インドを諦めたい気持ちもあった。


2度と来るか分からないインド。

どうしても南インドを見てからインドを出たかった。

限界を越えたら南は諦めようと2人で決めた。

(行ける所までいってやろうじゃないか。。)


そろそろ次に行く国も決めないといけない。


まったく決まっていないのである、、

チカがイランに行きたいと言っている。

インドからはイラン、エジプト、トルコ、スリランカ、パキスタン、イエメン、

色々な国に行くことが出来る。


デリーにあるイラン大使館にビザが取れるか確かめに行った。

もし取れるならイランに飛んでもいいなと決めたのだ。


しかし考えは甘いようだった、

インドではたった3日滞在のトランジットビザしかもらえないらしい。

イランには次は行けなそうだった。


最近1つ問題が出てきた。

パソコンの調子が悪い、ウイルスが入ったようだ。。

みっちゃんがインドで買ったMP3の機械が犯人のようだ。

(みっちゃん。。とんでもない置き土産を。。。。)

デリーから丸1日電車で南に下った。

アウランガバードという町に辿り着いた。

あまりの暑さに道の先が揺らめいている!

(蜃気楼だ。。!!)

しんどい。。!

汗でバックパックと背中の間が気持ちが悪い。

ん?

この暑さでチャイをインド人が飲んでいる!

(もう理解できん。。!  はぁ、暑い。。。)


この町からエローラ遺跡とアジャンタ遺跡にアクセスできるのだ。


エローラ遺跡は俺がインドで1番楽しみにしていた遺跡である。

エローラ遺跡にはバスで1時間、簡単に行くことができた。

岩山をノミで100年以上もかけて削り造られた信じられない遺跡

エローラ。

その昔、インド人の寿命は30歳?40歳位だったらしく、

実に3代、4代に亘って人間の手によって造られたのだろう。

メインは16窟であった。

隣の17窟の上から岩山を登り16窟を見下ろすと、その偉業を肌で感じる事ができる。

IMG_1286.jpg


(凄すぎる!! 半端じゃない! これを人の手で造る事ができるなんて。。。!!!)

IMG_1288.jpg

IMG_1275.jpg


エローラ遺跡は期待通りの遺跡であった。

アジャンタ遺跡はアウランガバードから3時間で行くことができた。

が、もうサウナの暑さでとても観光どころでなかった。

壁画に俺達は興味が無い様だ、早く観終わらして帰ることしかなかった。

チカの体調が悪かった、

暑さでやられたのか食べ物でやられたのか。。

これ程、調子の悪いチカを見るのは初めてだった。

1日休息することでチカも回復してきた。

ちか「南めざそっかー!」強い女である。

ちょうどインドではスクールホリデーでバスも電車も満席であった。

直接、次の目的地ゴアまでのバスも電車も無い。

面倒だが刻んで進むしかなさそうだった。

ローカルを乗り継いで南を目指した。

それにしても死ぬほど暑い!!

水が買える時には水を買い飲んだ。

何リットル飲んでもトイレにいかない、全部汗で流れ出た。

(オーストラリアで働いた時以来だ。。こんなに水のんだの。。!)

景色はポツポツと椰子の木が生えてきて、南国の世界に変わってきてる。

ヘロヘロでインドの有名な観光地ゴアの中心パナジーに着いた。

海にはまだ遠そうだ、

俺「みっちゃんがいるかもしれないコルバビーチまで行くか!」

ちか「せやなー」

ヨレヨレ、ビチョビチョの俺達はさらにそこからバスに乗った。

もう20時間くらい移動してて、バスも3台目である。

バスを降り、リクシャーにすんなり乗った。

ここらへんは最初から高い値段は言ってこないようだ。

(ここがコルバビーチか。。。)

アイスクリーム屋が何十件もいる、

ビーチの方ではパラセイリングがいくつも飛んでいる。

IMG_1439.jpg

(ん!シーフードレストラン!!)

海の幸が食えそうだ!

フラフラと砂浜を歩き、やっとコルバビーチの宿にチェックインした。

その宿は海風が当たり涼しかった。

IMG_1421.jpg

俺達は疲れていた、みっちゃんは既に去ってしまったようだが、

ここで2,3日ゆっくりすることにした。

俺「早くレストランに行こう!行こう!!」

ゴア州は酒税が安いみたいで、ビール小さい瓶なら35ルピー(70円)

IMG_1424.jpg

久しぶりにお酒を解禁した!

おお! 海老! イカ! 魚!! メニューには暫く食べてない物ばかり!

俺は海老チリガーリックを注文した。

おおぉ! 来た!! 注文してから来るのが早い!

大きめに切った青唐辛子がガッツリ入っている!

荒く刻んだニンニクが大量に海老に絡んでいて匂いが食欲をそそる。

思ったより海老がデカイ!

ぷ! プリプリだぁ!!!

美味しい!! でも辛い!!  

インドのレストランで1番美味しい?!!

ちかの頼んだレモンソースフィッシュも超美味!

苦労してここまで来てよかった?。。。

ビールが疲れた体に染み渡った。

次の日、ビーチで泳いでいると1人の男が話しかけてきた。

インド人「イルカを見たくないかい?」

俺「え?見れるの?! 本当に?イルカ??」

黒い海を見て俺は言った。

イルカと言えば青い海が相場である。

俺「ちか、おれイルカ見たい!」

ちか「どっちでもいいで!」

そのインド人はたまに見れない時もあると最後に付け足した。

半信半疑で船に乗った。

IMG_1428.jpg


(まぁ安いし、見れなくてもいいか。。)

期待などあまりしていなかった。

15分位だろうか沖に小さな船を走らせた。

大海原で船を急にエンジンを止めた。

(なんて静かなんだ。。)

あ! あーー!

遠くでイルカがジャンプした!

今度は右側で2匹が連続でジャンプした!!

あ!

また正面で!!

空中で1回転した!!!

その後も何回もイルカ達は俺達を歓迎してくれたのだ!

インド人嘘つかない!

(疑ってごめんなさいと心で謝った。)

IMG_1410.jpg バスの中のノリノリの子供。
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