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2009-12-07

チベット?ネパール抜け編 1

今日からランクルでチベットからネパールまで山々を越えていく。

4000メートル以上の山々である。

運転手は名前も知らないがずーっと何かをガイドにしゃべっていて、陽気な人である。

さすがは中国。アスファルトがどこまでも不毛の地まで敷いてあった。

景色はずっと山々に囲まれていた。

ガイドさんが登っていくよ、と言った。

4000メートルを超えてくると、呼吸が少し荒れてくる。

たまに深く大きく吸わないと息苦しい。

途中湖や5000メートル以上の山々に立ち寄ったりした。

道は牛や羊が出てきたり、ヒッチハイクをしているチベタンもいた。

畑も多く、馬が畑を耕す姿も見えた。

水さえあればどこでも生活している人達は居る。

ネパールに抜ける途中に立ち寄る所の目玉はエベレストBC(ベースキャンプ)だった。

世界の屋根、ヒマラヤ山脈とはどんなものなんだろう。。

興味深々で、楽しみであった。

エベレストBCにアクセスできる町で入場券を買い、エベレストBCへ向かった。

道はすぐにダートになり、ゲートでパスポートとパーミットを見せ、進んだ。

こんな地にも人が住んでいる。

4000?を超えると景色全部が岩だらけである。

石で積み上げられた家が見える。

隙間だらけで、とても住むには寒そうだ。。

プシュルルル変な音がした。パンクだ。外に出ると、ベッコリとタイヤがへこんでいた。

風が強く寒い。どこからか子供達がやって来て、ただ見ている。

その子供達の汚さはカンボジアの子供に勝るぐらいだった。

パンクが直り、ダートをどんどん登って行く。

空気が少ない。うとうとしてきた。

そんな時、車が急に止まった。

ドライバーがボンネットを開け、直し始めた。

その後も何度も何度も止まり、ドライバーは直す時に怪我をしたらしく、指から血が出ていた。

原因は標高が高い為か、空気が少なく走らないのだ。

やっとヒマラヤを一望できるところに辿り着いた。

そこで、松藩、成都で会ったスペイン人と偶然再会した。

車は調子悪いながらもエベレストBCに向かった。

小さな町を素通りしていくと、車に石を投げられたりした。

こんな辺鄙な場所に住む人達の気持ちはわからない。

エベレストBCの高さは5000メートル以上。

車は更に何度も何度も止まり、その間隔は短くなっていき、焦り始めてきた。

向こうに見えるヒマラヤ山脈の色は、さっきまでピンク色に染まっていたが、今は暗くなり始めている。

陽は沈んでしまっていた。

ヘロヘロ状態の車と共になんとかエベレストBC近くの宿に辿りついた。

その宿の部屋は物置のような部屋で、ベッドがただ4つ所狭しと置いてあるだけだった。

しかも値段が1000円という高さで、この寒さとこの辺境の場所では値引きも通用せず、強気の態度には少し腹がたった。

物凄く寒かった。

更にガイドは明日の朝歩いて2時間エベレストBCへ行こうと言い出すのだった。。。
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